祖母は感情的で、感傷的な人だ。よくないとは思うが、あえてステレオタイプを用いて悪い言い方をするなら、キンキン声で目先のことしか考えずに友達と謎の結束を持つ中高年専業主婦といったところだ。
私はどちらかと言うと、冷淡で理論的で感情に任せて行動しない、同情で動くこともない人間だ。

私が中学生になり、自分の考えをしっかり持ち始めた頃から、祖母とは犬猿の仲だった。

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私達が喧嘩をするたび、母は私をたしなめた。
「なんでそんなこと言ったん?」
「謝らないの?」
「同じ家の中で険悪な空気ってやりづらくない?」
「好きの反対は無関心。嫌いって思うってことは好きな気持ち、期待する気持ちがあるからじゃない?」
怒れば怖いはずの母が、なぜか怖く見えなかった。歳を取って角が取れたのかと思ってみはするけれどどうもしっくりこない。理由がわからぬまま何度喧嘩を繰り返しただろう。

高校3年生の12月、祖母は今までで一番怒り、ヒステリックに私を罵った。
まるで孫に大切にされない悲劇のヒロインのように、美しく瞳を潤ませた。けれど、やっと絞り出したその一滴は皺にからめとられ、アニメでよく見るようにぽたりと落ちることはなかった。醜かった。

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祖母が喚く中、私は一言も言葉を発さなかった。表情も変えなかった。彼女が何を言っているかわからなかった。もうどうでもよかった。
あの時の私は息をしていただろうか。10分以上はあったはずで、死ぬこともなかったということは、私が血の通った人間である限り息をしていたのだろう。祖母と同じ空気を吸っていたのだろう。それを思うと鳥肌さえ立つ。

夜、母が仕事から帰ってきた。ただならぬ空気に何かを察して私の部屋にやってきた。
「どうしたん?また喧嘩したの?」
同じ空間に二人もいるのに、静かすぎてシーンという音が聞こえた。深呼吸ともため息ともつかない、大きく息を吸ってまた問題集に向かった。カリカリという音がシーンに代わった。BGMの変わり目にすかさず母が言う。

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「ばあちゃんに何言われたの」
「言わない」
「なんで?」
「あの人と同じになりたくない。人を罵って、告げ口して、悲劇のヒロインになりたがるような人にはなりたくない」
一気にまくし立て、母を拒絶するように執拗にペンを紙に叩きつけてカリカリと音を出しながら数式を書いた。私は受験生。他の何ものにも傷つけられていい余裕はない。

「ちょっとこっち向いて」
椅子を回して強制的に私の身体を自分の方へ向けさせようとする。私は意地になって机にかじりつく。カリカリ。
結果的に身体が変にねじれた形になり、母が思わず吹き出した。我慢したのにつられて私もにやついてしまう。私の負けだ。ペンを勢いよく置いて聞く姿勢を見せた。

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「私もばあちゃんの性格はあんまりいいとは思ってないんよね。高校から県外の学校に行ったのも半分はこの家から出たかったからなの。ヒステリックにまくし立てても聞く方は逆に聞きたくなくなるし、言いたいことだって伝わりにくい。キンキン感情的に喋っていいことなんてないのにね」

「ほんまに。あの歳で、あの声のボリュームでよくあんなに舌が回るよね。その体力を別のところに使ってほしいわ。そのくせ頭が回ってないのか血が上ってるのか知らないけど、言ってることは支離滅裂。同じ事ばっかり何回も言ってる。どういう接続詞を使えばあんなに同じ話をリピートできるのか不思議よ」

さっきまで頑なに口を開こうとしなかったくせに、今までため込んでいたものがつるつると溢れだした。
それからは愚痴大会だった。祖母に何を言われたのかは最後まで言わなかった。けれど、時効を迎えた祖母の行いを2人で皮肉った後は趣味がいいとは言えないが、すっきりした。

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どちらが謝ったわけでもない。でも、しばらくすると熱が冷めて、家の雰囲気が少しずつ軽くなっていった。
謝るべきなのは分かっている。でもそうしなくても縁を切ることはない。無関心にはなりえない。晩御飯には私の好きなおかずが並ぶようになったし、私は町で祖母の好きな花を見つけると立ち止まるようになった。

私達はいつも仲良くいられるわけではない。きっとこれからも深刻な冷戦を何度も迎える。その時は母とまた、祖母の黒い笑い話をしよう。私はどうしようもなく祖母が「嫌い」だから。