「また飯誘うし」から2ヶ月。何気ない連絡は交わしていても、なかなかデートの約束まで辿り着かなかった。しかし私が仕事で失敗が続いて落ち込んでいるのに気が付いてからは、一瞬だった。
「2日は休みじゃないん?」
「ないです」
「なんでや、休めよ!」
「そんな急に、休めるはずがないじゃないですか!」
無茶なことを言われていることに、困ったような嬉しいような。結局、シフト表が送られてきて、日程が決まった。

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デートの準備は、それはそれは楽しかった。新しいワンピースと新しい下着を用意して、髪の毛も入念にトリートメントした。綺麗にお化粧をして、完璧な状態で家を出る。こんなウキウキするデートは、久しぶりだ。ドキドキしながら指定された場所で待っていると、黒のビートルが颯爽と現れた。色々と驚いて、同時に笑ってしまった。中も完全にアンティークで、窓は手動、クーラーは後付け、バックミラーは吸盤で付けられていたので、時々突拍子もないタイミングで吹き飛んできた。「すごいすごい、こんな車初めて乗った!」と無邪気に喜ぶ私に、満更でもない様子だった。

ランチに連れて行ってくれたのは、森の中にあるようなお洒落なレストランだった。微かにスパイスの香りがする。パスタを食べながら話すことは、仕事のことや家族のこと。お互いの生活やそれまでの人生のこと。ちょっぴりいつもと違う雰囲気が、なんだか心地いい。食事を終えて、「ちょっと出しましょうか?」と尋ねると、「ちょっと出すんやったら全部出して」と冗談っぽく言ってくれたので、遠慮なくご馳走された。その後は西に向かってドライブし、着いたのは海の見えるお洒落なカフェだった。テラスでゆったりカフェタイム。まだちょっと肌寒かったから、食べ終わるとさっと店を出た。そのまま車を出すと、待ち合わせ場所までゆっくりと走る。
「ちょっとは元気になった?」
「んーまだ足りないですかね」
「またそんな後ろ髪を引くようなこと言ってー」
だんだんと口数は少なくなり、あっという間に駅前に着いてしまう。

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「この後は、どうするの?」
帰るか、帰らないか。まるで乙女ゲームの、隠れイベントが発生したような驚きだった。最初は嬉しさの方が大きくて、ニコニコ笑っていたのだけれど、心の奥の乙女が少しずつ混乱し始めた。先に進みたいけど、怖い。けれど好奇心から、一瞬気持ちが固まりかけた。
「行く?」
「…うん」
「え、行くん?」
「うん…!」
その瞬間に勢いよく車のエンジンをかけたから、全力で怯えた。それはすぐに伝わってしまい、次の瞬間にはまたエンジンを切った。ほっとしたような、残念なような。心の奥の乙女が、今日はもう帰ろうか、と囁きかけてくる。せめてキスだけでも…と、方向転換してみた。
「じゃあ、お別れのハグは?」
「しません」
「ほんとになし?」
「んー、もうじゃあ一回だけやで!!」
ゆっくり体を寄せようとすると、あの人の左腕が急に背中を押して、一瞬だけギュッとされた。すぐに離れた腕が名残惜しくて、ちょっとだけ彼の肩の上で息を整える。

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『じっと目を見つめるのは、キスの合図』
誰かに言われたアドバイスが頭をよぎって、離れ際にあの人の目を見つめる。近くで視線が交わる。けれどキスされることなく、助手席に戻った。心と体が乖離する感覚を初めて経験した。気持ちとは裏腹に、体はどんどんあの人から距離をとって、気付けばシートベルトを外していた。
「また誘うよ」
「ほんとですか?指切りは?」
今回はそっと小指を出したので、すかさずそれを捕まえる。キスしたら行こう、と思って物言いたげに粘っていると、あの人の視線も目と唇を行ったり来たりしていたのに、結局キスは貰えなかった。

良いデートだった。こんなちゃんとした大人のデートをしたのは初めてだった。別れ際の出来事も含めて、とても良い思い出になった。ちなみに後日談は、ちょっとしたすれ違いから仲直りし、また翌デートの日程が決まった。次回こそ、何かが起こりそうな予感がある。