4年前、私は27歳だった。
2019年、世の中にはまだコロナもステイホームも無く私は売れない役者人生の最後の悪あがきにVライバーなんてものをやっていた。
まだ20代。
30代へのカウントダウンが見えつつも、どこか現実感が無い。
これまでがむしゃらに走ってきた人生にそろそろスタミナ切れを感じてはいるが、23.4の子たちと大きく何かが違う様な気もしない。
あともう少しあがけるんじゃないか、まだ一発逆転の必勝法が何処かに存在しているんじゃないか、そんな風に考えながら生きていたように思う。
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さて、2023年。私は31歳になった。
この4年の間に起こったビックニュースといえばやはりコロナだろう。
当時既に閑古鳥だった俳優業は更に開店休業の形相を呈し、目を逸らせない30代という年齢の訪れに、私は『就職』というものを強く意識するようになっていた。
学生時代、ろくな就職活動もせず脇目も振らずにアルバイトと演劇をしていた私だ。就職活動のノウハウも分からず、転職サイトにやたらめったら登録して、見よう見まねで履歴書や職務経歴書を書いた。
四大を出ているものの、アルバイトとしか職歴が無く、そのアルバイトも10年の接客業経験だけ。
当初私はクリエイティブ職を希望していたが、未経験、30手前の女性に色良い返事をしてくれる企業は無かった。
企業にエントリーしてはお祈りをされ、エージェントと面接をしては鼻で笑われ。
頼みの綱の職業訓練で学んだWEBデザインも、副業ブームのあおりをくらって即戦力以外の求人はほぼ無いという。
先も見えないまま1年が過ぎ、2年が過ぎ、、、とうとう私は30歳になってしまった。
不況のあおりをくらって日毎に厳しくなるノルマ、耐え切れずに増える離職者の皺寄せで常に戦場の様な職場。
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理不尽なクレームの矢面に立たなければいけない部署に所属していたこともあり、私の精神はこれまでの20数年間経験したことが無いほど荒み、ズタボロになっていた。
このまま一生誰かに怒鳴られ続けイライラし続けるだけの人生なのだろうか、私の人生とはいったい何だったのか、抜け出せない真っ暗闇の中を堂々巡りしているようなそんな不安に常に付きまとわれていた。
当時投稿していた記事を読み返すとそんな不安の中で色々なことを諦めて、でもなにか小さな希望に縋っていたい、というような内容のものが目立つ。限界ギリギリのところで生きていた私が唯一思いの丈を吐き出せる場所、そいういう意味で『かがみよかがみ』には感謝してもしきれない。
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ギリギリのギリギリで耐えていた我慢という防波堤が決壊したのは、実を結ばない転職活動も3年目に入ろうかという31歳を目前に控えた年末のことだった。
年末商戦で碌な休みも無く、人員不足のシフトを何とか回す日々。
会計が遅い、とか店員はいないのか、とかいきなりケンカ腰の顧客に謝り続けたそんな繁忙期の1ヶ月の給与、その振り込み額を見て唐突に『辞めよう』と私の中で何かが切れた。
年明け、年始商戦が終わった瞬間に私は次が決まっても決まらなくても年度末で退職することを上司に告げた。
次が決まってからでもいいんじゃないか、という留意の言葉はきっぱり無視をした。
思い切った決断はすがすがしい現実を連れてきた。
とは、いかない。
退職を告げてからの一か月強は私のズタボロ期間の中でも最悪な精神状態だったと思う。
終わりの日が決まっているにも関わらず、次の予定は全くの未定。
自転車操業で次の給与の振り込みが無ければ生活も成り立たたないのにその給与の当てを自分から絶ったのだ。
まったく図太くない私の精神は本当に崖っぷちに追い込まれた。
でもそうやって後が無くなったことが良かったのかもしれない。
とにかくここから逃げ出したい、次の仕事を決めたい。
がむしゃらに求人に体当たりを続けているうちに採用を出してくれる企業が現れた。
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私は、この春長く務めた家電量販店を離れてまったく別の職種に就いた。
正社員では無い、派遣社員だ。
希望していたクリエイティブ職ではない、事務員である。
それでも業界としてはクリエイティブに分類される職場で、今までより終業時間が短く、リモートワークがあり、給与が上がった。
忙しいといわれている時期ですらだいぶ余裕がある。
暇なことが不安で『何か仕事はないか』と聞くと、『だいぶブラック企業体質ですよね』と笑われた。
そうそう、どこからも怒声が聞こえてこないところも全然違う。
どうしてこれまでそれが当たり前だと思っていたのだろうか。
これまでの辛さはなんだったのかと思うほど、半年で私を取り巻く環境は大きく変わった。
あの頃、ここにしか居場所はないのではないかと思っていた私の視野の狭さはなんだったのか。
自分の得意は何で、苦手はなんなのか。誰と働くかも大事だがどんな業界で何をして働くか、自分はいったい何を重視しているのか。
就活サイトでさんざん言われている手垢のついたような言葉が、今やたらに身に染みている。
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今の職場も私の希望100の場所ではない。
ここで一生これから働いていくのかと問われれば恐らくそれは限りなくノーだろう。
過酷だったけれども前の職場の方が良かったことだって少なからずある。
今の私には楽園に見えるこの環境も辞めていく人は0ではない。
きっと、どこの職場にだって良い面と悪い面があって、それをその時々の私がどう捉えるかがすべてなのだろう。
前の職場で得たものがあり、この職場でも得るものが必ずあり、その上でその時自分が手にしているもので今後どうしていくのか、
どうしていきたいから何を手に入れればいいのか。
とにかく、世界は今いるここだけじゃない。
そう考えられるようになったことが4年間で私が変わったこと、だろうか。