服を買うのは私にとって一大イベントだ。ウィンドーショッピングもそんなに好きではないし、買うとなったら試着も必要なので、正直ちょっと面倒だと思ってしまう。季節中に一着も新調せず、去年と全く同じ服で着まわして乗り切ることなんてしょっちゅうだ。

それでも、たまには「こんなトップスがほしい」「大人っぽいワンピースでも買おうかな」と思うこともある。行きつけのお店なんてないけれど、ふらっと入ったお店で忘れられない経験をした。
結果として服そのものもとても気に入っているし、それ以上に仕事に悩んでいた私に気づきを与えてくれたエピソードだ。

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社会人2年目のゴールデンウィーク。食品メーカーで、既存顧客への法人営業をしていた私はその仕事に辟易していて、気分転換に出かけていた時のこと。
遠距離で久しぶりに会った恋人と出かけていて、ちょっと価格帯も上の、大人の女性な感じのお店に入った。そこでちょっと気になった服を何着か試着してみたものの、微妙。こんな時店員さんに「いかがですか?」って聞かれるのは、正直とても苦手。なんか違う気がしますっていうのも気が引けるし、思ってもいない肯定の言葉なんて出てこない。

その時、接客してくれたのはそのお店の店長さん。
私があんまり気に入ってない様子を見て、「こういうのはいかがですか?」といろいろ持ってきてくれた。自分の目に留まる服は基本的に同じような系統やデザインのものばかりな一方、その時持ってきてもらったのはほとんど自分が選ばなさそうな服。

中でも、これは自分では絶対に手に取らないであろうというデザインのワンピースを勧められた。色味もシンプルすぎるし、こんなに女性らしい華奢なデザインは、ずっとスポーツをやってきた自分には似合わないだろうな、そんな印象だった。

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せっかく持ってきてもらったのに悪いし、まあ着るだけ着てみるかと試してみた。そしたらなんと、意外にもしっくりきた。自分でもこんなに似合う!?と思ったし、一緒にいた恋人も「おお〜」と。とても気に入ったので、着たままお会計をし、そのままお店を出た。

この一件で私の印象に強く残っているのは、普段とは全く違う系統の服を手に入れられた喜びはもちろんのこと、相手のことをしっかり考えた提案の仕方に感銘を受けたことだった。スマートでかっこいい、こんな仕事がしたい!と、店を出た後もしばらく感動の余韻に浸っていた。

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当時の私はこう思っていた。これからもずっと営業をしたいわけではないし、そもそも自分の目指したいことを叶える職種が営業なのかそうでないのかがわからない。それでも、不満を抱えながらも自分が営業職として働いていることで、業種は違えどプロの仕事を見ることができた。自分がよいと思っているものを、お客さんのニーズ以上に汲み取って提案してくれた気持ちのいい仕事。店長さんの知識と経験から導き出した仮説が、見事に客である私に刺さって、売り上げに繋がったのはもちろん顧客満足にも繋がっている。服一着にかけた金額の過去最高を更新したが、価格以上のものを得たとしみじみ思っていた。

あれから2年以上経った今でも、そのワンピースは気に入っているし大切に着ている。当時の葛藤を乗り越えて転職し、結果的に営業職を続けている。営業としての目指すべき姿、あの店長さんを思い起こさせてくれる特別な一着だ。