最近の子ども服はすごい。
何がすごいって、「安い、かわいい、洗濯し放題」の三拍子が揃っている。
街中に出かければ、ディズニープリンセスをモチーフにした、ふわふわのワンピースが3,000円位で売っている。

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大人の私でさえ、「かわいいなぁ」「私も子どもの頃、着たかったなぁ」と思ってしまう。
キャラクターTシャツも、安いものは1枚1,000円以下で買えるようになった。
多少シミがついたって、気にしない。子どもの成長は早いし、すぐに着られなくなってしまうのだから、安くてかわいい洋服はちょうどいいのだ。

私たちが幼かった頃、つまり約20~30年前は、ファストファッションの時代ではなく、子ども服は大人顔負けの値段だった。
「あっこれかわいいね。しかもセール中!」とスマホを見ながら、ポチっと洋服を購入するのではなく、洋服を買うのは幼い頃の私にとって一大イベントだった。
だって、お出かけできるから。

家の中にいるのに洋服が買える時代が来るなんて想像もしていなかったから。
「洋服を買う=おしゃれして街に出かける=楽しい、嬉しい」という感情だった。
決して安くはない子ども服は、たとえ着られなくなっても、勿体ないからと捨てずに、とっておいたものだ。

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私が20歳のときに姪っ子が生まれた。

「ついに出番がやってきた」と言わんばかりに、祖母となった私の母は、私が1歳~3歳の頃に着ていたかわいい洋服を引っ張り出して、「これはね、高かったのよ」「これがね、あなたのお気に入りで、いつも着るんだから洗濯が間に合わなくて」などと思い出話を言いながら、誕生した孫娘にあげるべく、大量の子ども服を洗濯機に放り入れた。

約20年近くの時間が経っていたのにもかかわらず、大切に保管された子ども服のほとんどは傷みもせず、黄ばみもなく、まるで新品のようだった。

これが母親の愛情というべきものなのだろうか。
1歳~3歳の頃に、私が着ていた洋服など、正直あまり記憶はない。
幼少期の写真を見返した時に、写真に写っていた洋服なら覚えているけれど、あくまで「写真の中の私が着ていた洋服」であって「その洋服を手に取って着た記憶がある」わけではなかった。多少思い入れのある子ども服ではあるけれど、「私が将来いつか子どもを産んだ時に真っ先に着せたい」という思いもあまりなかった。

だから、私の子ども服を姪っ子にあげる、という話になった時、私は特に反対もせず、「ぜひぜひ」と同意した。

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唯一、私が、「これは絶対に大事にしてほしい、着られなくなったら返してね」と言って、名残惜しそうに姉に手渡したのは、私の黄色の子ども用浴衣だった。

私は浴衣が好きだ。
なぜかは分からないけれど、幼少期から浴衣が好きだった。
今では自分で着付けもできるし、帯の作り方も何通りも知っている。
浴衣は華やかで、着ると背筋がしゃきっとする。帯の作り方や髪の毛の結い方、髪飾りで、自己表現できる。

コロナ禍で眠っていた浴衣が可哀想に思えてきて、「今年は浴衣が着たい」という私のわがままを叶えるために、恋人は「じゃあ、川越の風鈴祭りに行くとき浴衣着ようか」と提案してくれた。
浴衣姿で迎えに来てくれた彼と会った、あの朝のウキウキとした気持ちはかけがえのないものだ。

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黄色の子ども用浴衣は、私が4歳の時に、銀座の百貨店で買ってもらった。
子どもは男女問わず甚平を着るのかもしれないけれど、年上の姉が着る浴衣が羨ましくて仕方なかった私は、浴衣が着たいと言いまくり、人生で初めての浴衣を手に入れた。

裁縫のできる母が、私の身長の伸びにあわせて丈を調節してくれたおかげで、4歳から8歳頃まで毎年着ることができた。
遠くからでもわかるあの黄色を選んだのも私だ。
「他の子と被りたくない」という一心で、オーソドックスな白、ピンク、水色は選ばずに、黄色の浴衣に赤の帯という、個性的なチョイスをした。

姪っ子はかわいい。それでも、思い入れのあるこの浴衣だけは、正直あげたくないと思った自分もいた。

もし、姪っ子が転んで浴衣に穴があいたら、私は泣いてしまうかもしれない。
自分の子どもに着せたいという執着はないけれど、少しだけもやもやした気持ちで、私は浴衣を差し出したのだ。

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「身近に小さい子どもがいると、かわいいから、子どもほしくなるでしょ」
そんな言葉をかけられることがある。
子どもは好きだし、教員免許も持っているけれど、自分が子どもを産む、というのは私のライフプランにはなかった。

みたくない、という意味でもなく、ただ私の人生計画には存在しなかった。考えたことがなかったのだ。
姪っ子の成長をつぶさに見守ってきたけれど、むしろ子育ての大変さを目の当たりにして、「子ども、いつかほしくなるのかなぁ」と懐疑的な気持ちになる。

だから、私の浴衣を着てくれる子どもを見れるだけで、ある意味幸せ者なのかもしれない。