「やっと寝た…」

ほっと一息ついてノートパソコンを起動させる。

9か月の娘を寝かしつけた後、一日のわずかな一人時間。

本当は娘と一緒に寝た方が産後の母体回復には良いのだろうけど、YouTubeを見たり、日記を書いたり、SNSの気になるアカウントの投稿を一気見したり。

誰にも邪魔されない自分時間。
今晩も私は私を取り戻すために夜更かしをする。

◎          ◎

娘ちゃんママ、名字さん、奥様。

結婚し社宅に入居してから、下の名前で呼ばれることが極端に減った。

結婚した年にコロナが流行り、友達に会う機会が激減したこと、主人は夜勤があり長い時だと朝から次の日の夕方まで帰ってこない。

転職した職場では当然名字で呼ばれる。

実の親でさえ「はるはお嫁に行ったから」と本名に「ちゃん」を付けて、まるで他人の家の子供のよう。

極めつけは娘が生まれたことで、「○○ちゃんママ」と呼ばれるようになり、子供の名前は知っていても、母親の名前はお互い名字さえ知らない状況になった。

自分の名前を書く機会も言う機会もほぼない毎日。

久しぶりに誰かに呼ばれると懐かしさと珍しさで驚いてしまうほど、私は自分の名前から離れてしまった。

◎          ◎

そのせいだろうか。

じわじわと、でも確実に、私は自分の好きなものがわからなくなってしまった。
甘いものは好きだけど、イライラを抑えるためや疲れを取るために糖を摂取しているだけ。

学生時代20時以降は毎日お気に入りのテレビ番組があったはずなのに、今は興味をそそられるものはない。

スマホでずるずるとどうでもいい記事を読んで、次の瞬間には忘れている。
まるで他人の人生を生きているような感覚。
前はもっと一日が楽しかった気がするのに。
かつての私はどこに行ってしまったんだろう?

◎          ◎

家族が増えたから、いらないものは捨てよう。

決して自分のためではない理由で戸棚を整理していた時、2019年から2021年までの3年日記を見つけた。

なぜ保管していたのか、何を書いたのかも覚えていない。

パラパラとページをめくってみる。

「2019年9月25日 プロポーズ!ユリの花束と指輪をもらった!幸せ。」

「2020年4月11日 ○○君が夜勤だから一人で心霊映像。」

「2021年11月1日 ほぼ日5年手帳を買うか悩む…続けられるかな?」

地元を離れ、主婦として、母として生きるうちに忘れていた、大好きだったものごと。
ぼろぼろの3年日記はまるでタイムカプセルのように、自分の「好き」を思い出すきっかけになった。

私は好きなものがなくなったんじゃない。
好きなものと向き合う時間が無くなったんだ。

◎          ◎

現在時刻23時28分。

今晩はゾッとする映像をYouTubeで見てから、エッセイを書いている。

昨日は日記を書いた後、腐れ縁でいまだに連絡をくれる、同期で元カレとLINEをした。

娘ちゃんママでも、名字さんでも、奥様でもない「私」の時間。
だれにも邪魔をされずに自分のしたいことをする深夜。

 早く寝ないと明日絶対に後悔するとわかっているけど、もう少しだけ起きていたい。
まるで小学生のような言い分だけど。
晩も私は、夜更かしをする。