ロリィタショップは私の居場所だった。小学校の頃から学校にも家にも居場所がなかった。中学生になると、毎週末ロリィタショップへと足を運んでいた。私の唯一の居場所だったから。私は、ロリィタショップのおかげで生き抜くことができたと思っている。

私の通っていたロリィタショップは毎週、新作の生地見本を店舗で公開していた。ショップに行き、担当の店員さんに「今週の生地見に来ました~」と一言伝えると、生地見本を出してくれる。ショップに来たからといって、必ず何かを買う必要はなかった。生地見本を見るだけで、何も買わずに帰る人も多かった。気に入った時だけ購入し、基本的には購入しないという人が大半。私もその一人だった。

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毎週、決まった曜日に生地見本を見せてもらいに通っていると、常連さんとも顔なじみになるのも早かった。ロリィタという共通の趣味があるからこそ、仲良くなるのも早かったし、話も盛り上がった。店員さんはというと、ロリィタ服のブランドの多くは担当制という接客方法を採用していることが多いため、毎回同じ店員さんが対応してくれるのだ。だから、店員さんとの距離感も近くなりやすかった。

どこにも居場所がなかった私だったが、ロリィタショップに顔を出すと「Aちゃん!先週ぶり!待ってたよ!」と、常連さんと店員さんが声を掛けてくれた。歓迎されていることがうれしかった。ロリィタ服の話はもちろんだが、店員さんがライブに当選した話、常連さんの飼い猫の話、私のハマっているモデルさんの話、色々な話をした。ここが私の居場所だと感じていた。

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でも、この居場所に居続けるためにはお金が必要だった。1着3万円が相場のロリィタ服。ショップのお客さんでいるためには、定期的に購入しなければいけなかった。当時は中学生だったため、今まで貯めてきたお年玉を切り崩しながら通っていた。そして、美術部だった私は、時折コンクールで賞をもらっていた。賞状と一緒にもらえる図書カードやクオカードはもちろん現金に換え、ロリィタショップで使っていた。

そうまでして手に入れた居場所を失う時はあっけなかった。高校1年生の時に、そのショップの入っていた商業施設が閉店することになったのだ。それに伴い、私の住んでいた県からショップが撤退することが決まったのだ。

当時は、つらかったし苦しかった。でも、今となってはいい時期だったのだと思う。中学から高校へと私の所属している場所が変わった。いじめられていた過去を知らない人ばかりの環境だった。新しい居場所を作るのにはピッタリなタイミングだった。私は、高校が新しい居場所になった。

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22歳になった今、ロリィタショップで過ごした日々を振り返ると、一種の宗教だったんだろうなと感じた。高額な商品でしか繋がっていない人間関係。皆買っているから、私も買わなきゃと思う心理。そんな環境に私は依存していた。まさに、宗教だったと思う。それでも、あの場所があったからこそ、私は自殺を選ばなかったのだと思う。

今でも、ロリィタ服は好きだ。22歳になった今もロリィタ服を着ている。昔のように、毎週ショップに通うことも、毎月のように購入することもなくなったけれど、それでもロリィタ服を楽しんでいる。鏡に映る、ロリィタ服を着た自分。笑顔で鏡に映る自分。同じロリィタ服を着ている自分なのに、「死んで消えてしまいたい」と思っていた頃の自分とは別人だ。

そんな自分をみて、あの時の常連さんや店員さんへの感謝の気持ちがあふれてくる。「あの時、居場所になってくれてありがとう」と。そして、ロリィタ服を着ていても、何を着ていても受け入れてくれる、高校で出会った友人たちへの感謝の気持ちもあふれてくる。「一緒に居場所を作ってくれてありがとう」と。たくさんの感謝の気持ちと共に、今日もロリィタ服を身にまとう。