「ありがとう」の反対は「当たり前」。

新卒で居酒屋チェーンを運営する会社に入社したとき、本社研修で最初にこう教わった。

誰かが何かをやってくれることは当たり前じゃない。だから、やってもらったこと全てに「ありがとう」と伝えよう。そのような意図だった。

その後私は店舗に配属されてから、感謝の言葉を積極的に伝えるようにした。特によく「ありがとう」を言う場面は、料理長がお昼休憩と営業終わりに用意してくれる賄いの時間だ。

営業の準備がどれだけ忙しくても、欠かさず賄いを作ってくれる料理長には頭が上がらない。食べ終わった後は毎回「ごちそうさまです。ありがとうございます」と伝えていた。

料理を作ってもらえることは当たり前じゃない。

こう思ったときにふと、あることに気づいた。

私は20年以上母に料理を作ってもらっていながら、「ありがとう」と伝えたことが一度もなかったことを。

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一人っ子の私は、小さい頃からよく母のお手伝いをしていた。

特技は皿拭き。苦手なことは、洗濯用の水を湯船からホースで汲み取ること。

母は私がお手伝いをした後、いつも「ありがとう」と言ってくれる。私はそれが好きだった。「自分にできる範囲のことで、誰かの役に立てている」と実感する。母の「ありがとう」は幼い私に誇りを持たせてくれていたのだ。

社会人1年目までを実家で過ごし、2年目に私は実家を出た。それから程なく、父が癌で亡くなった。

つい数年前まで3人で暮らしていた一軒家で、母は突然のひとり暮らしを始めることになる。

私は定期的に実家に帰っていたが、あるとき母にこんな相談をされた。

この家を売ろうか迷っている。

ひとりで一軒家を維持するのは難しい。

エビアンがいてくれれば、料理も作る気になるし、家のこともちゃんとやる気になる。

母のひとり暮らしは私も気がかりだった。寂しい思いをしているだろうし、ひとりだからといって食事も適当になったという。けれど社会人になって年数が経った中での実家暮らしは、世間体的に気が引けた。一定額仕送りはしているものの、家事の負担はどうしても母に寄ってしまうだろう。そんな心配を正直に母に伝えた。

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「大丈夫。誰がどう言おうと、あんたはもう立派に自立しているから」

私が実家にいることによって、母の負担にならないのなら。

母の生活に活気が戻るなら。

2人になったこの家庭を一緒に守りたい。

父の一周忌を迎える頃、私はまた実家に戻ってきた。

帰省した後も母は変わらず、私が家事をすると「ありがとう」と言ってくれた。

それは母にとって、誰かが手伝ってくれることが「当たり前」ではないから。

でも、母は誰に「ありがとう」と言われるのだろう。

少なくとも私は20年以上言ったことがない。父が言っているところも、見たことがない。

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自分の家族のために毎日働いているのに、家族から感謝の言葉をもらえないなんて、こんなに悲しいことがあるだろうか。

私はなぜ、賄いを作ってくれた料理長に「ありがとうございます」と言って、母には言わないのだろうか。

もちろん感謝の気持ちはいつも持っている。けれど、それを伝えることは恥ずかしくてなかなかできなかった。年に一度の母の日で、カーネーションを渡すついでに「いつもありがとうございます」と目線を下げてぼそっと言うくらいには、感謝の言葉を伝えるのが苦手だ。

それでも殻を破りたかった。

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「ご飯できたよ」

夕食の時間、2階で仕事する私を母が呼びにきた。

いつもは「うん、わかった」と言うところを、私は遠慮がちに早口で「ありがとう」と返した。

「ありがとう」が言えたからといって何かが生まれたわけでない。目に見えて変わったこともない。

けれど感謝の言葉を伝えたことによって、私と母が「親子」という上下のある関係から脱却して、対等な関係になれた気がする。

当たり前に家事をやってもらっていた「子」は卒業。これからは一緒に家庭を守るために協力する「仲間」として、母と「ありがとう」を与え合いたい。