「おばあちゃんが認知症かもしれない」と母から連絡があったのは1年半くらい前のことだ。少し前のことを忘れたり、物盗られ妄想が起きていると言っていた。同居している祖父に、保険証やお金を盗られると思い込んで別の場所に隠してしまう。結果、どこにやったかわからなくなって「盗られた」と言い出す負のループに陥っているようだ。
「かかりつけのお医者さんには相談したの?」と聞くと、「おばあちゃんが自分は認知症じゃないと思っているから、精密な検査は受けられていない」とのこと。
私は直近の市報に「認知症サポーター養成講座」というものがあったのを思い出して、とりあえずそれを受けてみること、かかりつけのお医者さんに直接相談してみて欲しいことを伝えて電話を切った。
養成講座を受講し、その際に担当の方に祖母のことを相談した。検査を受けるのを嫌がる場合は、心配だから人間ドックを受けにいこうと提案し、その際に認知症の検査も一緒にやるというパターンが多いようだ。あとは役所への相談。
いただいたアドバイスを母に連絡し、次の帰省のタイミングでその日の資料は全て母に渡した。
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かかりつけ医に連絡したか確認すると、どうやら取り合ってくれなかったようだ。どういう言い方をしたのか私が直接聞いたわけではないので何とも言えないが、その病院では検査を受けられそうにないことはわかった。となると、今まで通ったことのない専門医への受診を、祖母に説得しなければならない。
祖母に会った。財布が3つあった。全ての財布を常に持ち歩いているわけではない。財布をどこにやったか忘れてしまうため、数が増えているようだった。その時々で持ってくる財布が変わる。中身の金額も変わる。この前たくさんお金が入っていたはずなのに全然ないことがある。実際は持っている財布が違うだけ、というような感じだった。
ATMも操作できなくなっていた。年金をおろしてくるのは母の役目だ。引き出し方がわからなくなったらしい。「わからないからやって」と言うことが増えて、そのまま母が管理していた。
何より怒りっぽくなっていた。前はそんなことなかったのに、自分中心で考えることが増え、気に入らないことがあると怒るようになった。家族は振り回されててんやわんやだ。
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「認知症かもしれない」という連絡があってから、1ヶ月に1、2回、母から電話が来るようになった。ある時、「おばあちゃんに病院に行くようにあなたから言って欲しい」と言われた。
正直億劫だ。「あなた病気かもしれないから病院に行ってください」なんて、あまりにも失礼すぎる。これをオブラートに包んで言わなきゃいけない。でも、誰も自分が病気だなんて認めたくないだろう。
私もうつ病で障害者手帳を持っているが、生きるために手帳を申請したとは言え、実際に届いた時はすごくショックだった。今でも家族に言えていないし、手帳を出す時は緊張する。それと似たような思いをさせることをしなければならない。
でも、言わないと病気はどんどん進行してしまう。同居している祖父もどんどん疲弊してしまう。こういう時どうしたら良いんだろう。かかりつけ医も動いてくれない。役所に相談しても連絡がない。こういう時どうしたら良いんだろう。
ぐるぐる考えていると、母から「家族会議で通院を勧めたら猛反発されたので今連絡するのはやめてほしい」と電話があった。そのまま私から連絡することは、怖くてできなかった。
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その後、一度だけ専門医を受診したらしい。当日も行く行かないで大揉めしたそうだ。が、結局定期的な通院は祖母が嫌がり、薬すら飲んでくれない。
役所も対応してくれて、一度介護施設の見学にも行ったそうだ。が、綺麗好きの祖母は共同施設に対して「汚い」と言ってしまったらしく、お断りされた。
母も祖父も完全に疲弊してしまって、もう認知症の治療をすることを諦めている。あの時私はなんて言えば良かったんだろう。私が何か言っていれば病気の治療を勧めることができたんだろうか。どこで間違えてしまったんだろう。何もかもが間違いだった気がする。
少しの階段も一段ずつ、ゆっくりとしか降りれなくなった祖母に、祖父が手を差し伸べる。手を握ったまま、ゆっくりと歩いていく。傍から見たら仲睦まじい老夫婦に見えるだろう。私には言葉でどう表して良いかわからない、もっと重いものに見える。