朝起きて、疲れと寒さで体が動かないときは、無理やり朝ごはんを食べて自分を起こす。目覚めからの起動が遅い私の朝は、朝ごはんを食べる事から始まる。

だが、月の残業時間が60時間を超える私の朝に、余裕など無い。オートミールに水を入れてレンチンして、納豆とキムチを混ぜたものを、ほとんど毎日食べている。最低限健康に気を遣った、毎日同じ朝ごはん。

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実家に居た時は、毎朝父親が家族より早く起きて、朝ごはんを作ってくれていた。私は毎朝、父が作る、味が安定しない卵焼きや(たいてい凄くしょっぱいか、ほぼ味が無いかの2パターン)、パンチの効いた鶏むね肉のマヨネーズ焼きや、辛すぎる麻婆豆腐を、無理やり口に入れる事で、目を覚ましていた。

今は自分のためにかい朝ごはんを作ってくれる人がそばにいないから、自分で作る。疲れの取れていない体で、毎日同じ味の朝ごはんを。しょっぱすぎたり辛すぎたりしない、いつもの味を。

家族を支えるために夜遅くまで働いて、朝は誰よりも早く起きて、家族全員分の朝ごはんとお弁当を作っていた、父。この凄さを、私は社会人になってからやっと、ちゃんと理解出来た。こんなに凄いことを、ひとつも文句を言わず、当たり前のように毎日やっていた。会社では、中間管理職という、一番しんどい立ち位置で働いている父。職場では、きっと色んな不満や悩みを抱えているだろう。けれど、父が家庭内で仕事に関する愚痴を漏らしたことは、一回も無かった。私の父は、文字通り大黒柱として、仕事をして、家事をして、家庭を支えていた。本当に平気な顔で。

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父が、誰よりも早く起きて、誰よりも働いて、一生懸命育てた娘が私だ。私は、父親が願った姿に、なれているのだろうか。父親はなぜ、あんなに頑張れていたのだろうか。社会人になってしばらく経つが、未だに仕事は辛くて、周りに迷惑ばっかりかけている。自分以外の誰かを世話をする余裕なんて無い。色んな人にヘコヘコ謝りながら、さして思い入れの無いモノを作る日々。時々、いつもと同じ朝ごはんを食べていると、今の自分の全てが嫌になる時がある。父のつくる温かい朝ごはんを毎朝食べていたあの頃に戻れないことに、絶望する。

たまには、素敵なキャリア・ウーマンが食べるような、お洒落で健康的な朝ごはんを、ゆっくり作ってみようじゃないか。そう思い、数日前、いつもより3時間も早起きをした。鍋にお湯を沸かし、お酢をチロっと加え、そっ……と卵を落とす。2分だけ茹でたら冷水にとり、ポーチドエッグを作った。イングリッシュマフィンの上に、カリカリに焼いたベーコンと、慎重に薄切りしたアボカドと、ポーチドエッグを乗載せた。上からオランデーズソース(卵、マヨネーズ、レモン汁と塩コショウを混ぜたお洒落ソース)をかける。アボカドエッグベネディクトの完成だ。あぁ、なんて完璧な朝ごはん。ナイフを通すと、割れたポーチドエッグから、とろりと卵液が落ちた。フォークで、丁寧に、卵・アボカド・ベーコン・イングリッシュマフィンをすくい、口に運んだ。

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全然美味しくなかった。敗因は、近所のスーパーで安値で買ったアボカド。おそらく、旬じゃないのだろう。アボカドが大好きなのに、この日食べたアボカドはとてもまずかった。せっかく早起きして、自分の為に丁寧に作ったアボカドエッグベネディクトは、「全然美味しくねぇ」と舌打ちして終わった。

何をやってもうまく行かないなぁと思いながら、それでも会社には行かないといけないし、生き続けないといけない。不完全なアボカドエッグベネディクトを口の中に押し込んで、バタバタと朝の支度をした。