生まれてからずっと大切にしているものがある。
それは決して消えることはなく、だからと言って形として目に見えるものではない。
でも、いつもそばにいる。いつも支えてくれる。いつも一緒に生きている。
それは名前である。
私にとって、自分の名前はおまもりである。

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名前には、少なからず名付けた人の祈りが込められている。
自分の名前の由来を知ったのは、小学生の頃である。 自分が生まれた時について親に聞いてくるという宿題が出た。 どのように生まれたのか、家族の反応、名前の由来など。
そこで初めて親にそれらのことを聞いてみた。
それは宿題の一環であり、正直あまり乗り気ではなかった。夜ご飯の支度をしてくれている母親に、キッチンに向かって聞いてみた。
すると、母親は動かしていた手を止め、ソファで話そうと言った。

ソファに移動し、そこから私が生まれた時の話をしてくれた。
私は親族の中で一番最初の子であり、家族みなが生まれるのを待ち望んでいたこと。 陣痛から生まれるまでとても時間がかかり、難産だったこと。そして生まれてきてくれて、本当に嬉しかったこと。全て初めて聞く話だった。照れくさくもあったが、嬉しかった。

そして、名前の由来も聞いた。

母親は先ほどよりも真剣に、そしてあたたかく教えてくれた。
あなたが生まれた日はよく晴れていて、外の緑が光に照らされて美しかった。緑が綺麗なこの季節のように、心の綺麗な人に育ってほしい。だから、この名前をつけたんだよ。

話していた母親と目が合った。自分の名前の由来を初めて知った瞬間であった。そして、自分がいかに愛されているかを感じた瞬間であった。

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時が経ち、私は夢を追いかけるために実家を離れて暮らすようになった。夢のために一生懸命勉強し、夢を叶えるチャンスをつかむために必死だった。
しかし、現実は甘くなかった。夢に近づくチャンスをつかんでも、入口への道は厳しかった。履歴書や面接選考でたくさん落ちた。
周りと同じように生きろ、個性を出せ、足並みをそろえよ、あなたの強みを発揮せよ。
選考に落ちる度に、自分が否定されている気がした。

何をすれば良いかわからなくなった。自分の個性は何なのか、もはや、自分という存在がわからなくなった。段々と履歴書を書く手が止まった。あんなに夢にあこがれて頑張ってきたのに、今は志望理由も書けなくなっていた。
完全に自分を見失ってしまった。自分は何者なのか。

履歴書で唯一すらすら書ける場所は自分の名前の欄であった。名前しか書いていない履歴書と向き合った。
今まで数えきれないくらい書いた自分の名前。書くときの癖が表れている筆跡。その文字は間違いなく私を表していた。
案外答えはずっとそばにあった。

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私は何者でもない。でも、私の名前に込められた願いはある。
ーー緑が綺麗なこの季節のように、心の綺麗な人に育ってほしいーー
振り返れば、名前の由来を母親に聞いたあの夜から、私の心の中にいつもこの言葉があった。
楽しいときも辛いときも常に一緒にいた。この言葉が似合う人になりたいと思っていた。その気持ちが日々の原動力となっていた。

夢に向かってもがきながら見失っていたことを自分の名前が教えてくれた。
自分の存在、自分の価値を思い出させてくれる自分の名前は、私のおまもりである。