カラオケに目がない。
20年来の趣味である。社会人になった今でも、週に1度はカラオケに行く。カラオケチェーンのうちのひとつの「まねきねこ」は、アプリ会員形式で、1年間で通った回数と総金額が一瞥できる。アプリによれば、まねきねこチェーンだけで年間12万円以上、25回も通っているのである。

小学生の頃からこれだけ通っていれば、曲のレパートリーも幅広い。年の離れた職場の上司と行くときは、津軽海峡・冬景色を熱唱し喝采をもらい、年下の同期と行くときはボカロ曲も歌いこなす。長年のカラオケ盟友である友達と行くときは、最も得意なスローペースなバラードをねっとりと歌う。はたまた大勢で行くときは、学園天国でみんなのテンションをぶち上げるトップバッターを申し出る。

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こんなカラオケ百戦錬磨な私でも、カラオケで最も難しいシチュエーションがある。それは学生時代、初めて男友達(やちょっと気になる相手)と初めてカラオケに行ったときのことだ。あまりにもバラードすぎると重い女だと思われるし、可愛いと思われたいから、やはりモテる曲を歌いたい。そこで色々調べると、私たちアラサー世代の最強のモテソングは、シンガーソングライダーのYUIの「CHE.R.RY」であるらしい。

YUIは「CHE.R.RY」で、女の子が好きな人にケータイで連絡を取るときの、胸の高鳴りや心情を、明るい曲調とリズムで歌いあげる。ケータイでやり取りをするうちに、恋してしまったことに気づく。すぐに返信せずに少しじらして返事するよう、友人にアドバイスされても、そんなまどろっこしいことはできない。何故できないのか?それは恋しているからだ。YUIのキュートな声と相まって、非常に可愛い曲である。

そう、「CHE.R.RY」の歌詞にあるように、気になる相手へどのペースで返信するのか、またはスマホ時代の今は既読にするのかは、この片手の中で恋愛を進めていく現代において、最重要問題である。あまりにはやくレスポンスしても相手になめられる気もするし、必死過ぎる感じがして余裕がない。だからと言って気持ちよく会話のラリーが続くのも捨てがたい。返信がしばらくないと気もそぞろになって、他のことに手がつかなくなる。皆そうだろう。そしてかつては私もそうだった。

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当時の我が家では、ケータイは高校生からという厳格なルールがあった。そのため、中学2年生からはパソコンでメールをやり取りしていた。片思いしていた男の子が数学が得意だったため、自分でも分かっているのにあえて理解できないフリをして、メールで数学を教えてもらっていた。返信が来ないかとメール送受信の問い合わせを5秒おきに行い、メールのやり取りが続くのに合わせて増えていく「RE」の数に胸を高鳴らせていた。「CHE.R.RY」を聴くと今でもその頃の思い出がありありと蘇ってくるのだ。

翻って現在の私に至っては、そんな可愛らしい感情とは無縁の10年間を過ごしている。社会人になって仕事が忙しくなりそんな余裕がなくなったのも一因かもしれないが、更に大きな理由がある。今の彼氏と付き合って今年で7年目になるが、彼氏が爆速なのだ。既読がつき、返信が来るまでが。その爆速ぶりは、私はたまに人間相手にメッセージを送っているのではなく、botと会話しているような気分になるほどだ。

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例えばこんなケース。彼氏が在宅勤務で私が出社しているときに、「帰ったらあったかい部屋とあったかい便座が待ってると思うと仕事頑張れちゃう(今日超絶暇)」と送った。つい先日極寒のアパートから暖かいマンションへ引っ越したばかりだったからだ。するとゼロコンマの勢いで既読がつき「wwww」「俺も暇」「あったかい便座とともに待ってるよ」と返ってきた。その間10秒ほど。ほぼ毎回、ほぼ毎日こんな感じなのだ。「既読着いたのに返信来ない」「彼氏が連絡つかなくて悩む……」と病む間すら与えない爆速の既読&返信は、私に甘くもめんどくさい恋愛の駆け引きというものを、忘れさせた。bot彼氏のおかげで、ここ数年精神衛生状態は非常に良いものだ。

Google先生において「既読 駆け引き」「未読 駆け引き」と調べると、それぞれ10万件と9万件もヒットする。それだけ一大問題となっている恋愛の醍醐味に、29歳にしてもう半隠居状態になっていることは、それはそれで切ない気もする。もうケータイを握りしめて誰かの返信に一喜一憂することはないのかと思うと、自分の中で一つの季節が終わった感じがするからだ。
まあそんなもんだよなあ、と独り言ち、仕事帰りの今日もまた彼氏にメッセージを入れる。「今仕事終わった」「帰りカラオケ行ってくる」。すぐ既読が付く。ピコン。そして爆速で返信が来る。「ほーい、行ってらっしゃい。楽しんでね」
何だかんだ、私はこの人に支えられているのだ、とこんなときに思ったりするのだ。