今年18歳になる弟が彼女を初めて家に招くというから、一緒に実家を掃除した。
自分が少しだけ得意だからといって、掃除が苦手な母親に似なくて良かったと慢心する。

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当時の友達4人と遊園地で写った写真が引き出しの奥から出てきた。
写真の裏には「みゆう5歳」と自分で書いたのであろう、たどたどしく鉛筆で書かれた文字があって少しエモいなと思う。

20年も前の写真なんだなと感傷に浸りつつ、共に写ったこの子達は今頃どこで何をして、誰と生きているのだろうと思いを馳せる。

その中でも、写真で一番左側に写っているKちゃんとは放課後もお互いの家を行き来して遊び、習い事のピアノも5年間同じで、長い時間を共にした。

その子の家に行くたびにカルチャーショックを受けたのを思い出す。

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お父さんは県で一番有名な電機メーカーに勤めている人だった。
趣味で水泳をしていて、プールに連れて行ってもらったこともある。いつも自転車を漕いで近所のドラッグストアに行く、色黒マッチョなイケメンだった。

お母さんは先生と呼ばれる職業に就き、個人情報の入った紙をシュレッダーで処理するような、きっちりとした人だった。洗濯物を畳み終わったら、日課の腹筋をしていた。
メガネをかけていて色が白くて細身の、インテリな女性。

Kちゃん自身は目がパッチリとして細身で、頭が良いのに天然で、リズミカルなCMの音楽を学校で大声で口ずさんだりするピエロのような私の振る舞いに対して、ケラケラと笑ってくれる良い子だった。

小学校の夏休みには一緒にゲオに行って「怪談レストラン」や「ポピーザぱフォーマー」など、ニッチな作品を2人で借りてきては鑑賞会をしたり、近くの空き地で秘密基地を作って、「20世紀少年」ごっこをしたりもした。

女の子にしては変わった興味の対象を共有して、笑い合ったのが昨日のことのように脳裏に浮かぶ。

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私とKちゃんの家は徒歩1分もかからない。
同じ時代に生き、こんなに近くに住んでいるのにKちゃんのお父さん、お母さんと私のパパ、ママはどうしてこうも違うのか。

あの時はまだ分からなかった。

中学校でいじめに遭い、私は学校に行かなくなった。それから少しは遊んだり連絡をとったりはしたものの、部活や勉強にと忙しくなったKちゃんとは段々に疎遠になった。

高校も、市内の進学校に通ったKちゃんと市内の通信制に通った私とでは、もう接点がなかった。

だから、さよならは言えずじまいで別々の道を歩んでいる。

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Kちゃん、あなたと遊んでいる時間はすごく楽しくて、それでいて年齢の割に無駄に物分かりのいい私にとっては、少し残酷でした。

Kちゃん家の姿こそがきっとこの日本社会で正しい家族像なのだと、今も過信してしまう。
きっと見えない部分では色々あったのだろうけれど。

私の家族はやっぱり変だ。変だと思いつつも愛しているし、愛されている。

とりあえず色々あったけれど、内面はあの時とあまり変わらずに、背伸びばかりして、自分を正しく見られないまま今日も生きています。

LINE通話で恋人の寝息を聞きながらこんな駄文をしたためていたら、もう午前1時。

またいつかどこかであなたに会えることを願って、眠りにつこう。