「さよならを言えなかったこと」は私を地縛霊にさせるみたいだ。
学生の時、付き合っていた彼との別れは突然、そして一方的なものだった。恋人らしい仲の良いやりとりをした後で、急に彼と連絡がつかなくなった。LINEに既読がつかないのだ。1週間が経つ頃には彼の身に何かあったのではないかと恐くなっていた。
一方で、この1週間、私の頭には幾度となく浮かんだ文字があった。震える指で「LINE ブロック 確認方法」と検索した。私はその日、人生で初めてこんなことを検索した。
今まで、人からブロックされていようとあまり気にしなかった。まあ、されるようなことをした覚えも、されているような気がしたことも無いが。
もしそんな疑惑があっても、いちいち確認まではしないだろう。
だが、今回ばかりは安否確認も兼ねている。
もしブロックをされていたなら、彼の身に何かあったわけでは無いと安心できる。……安心できる、のだろうか。
◎ ◎
数分後、恋人の安否を願う乙女は、実家の黄色いソファに横たわる地縛霊と化していた。おそらく彼は今日も元気に生きている。
そうだ。LINEはブロックされていたのだ。
思い出のLINEに降り立ち、何度も何度も徘徊した。彼との思い出の場所に行っては空が黄色くなるまでたそがれた。地縛霊は謎のプライドで彼の家までは行かなかった。(何故行かなかったのか、今では不思議である)。
付き合っていた時、彼は正直すぎて傷つくくらいはっきりと思いを言葉にする人だった。
私が「大好き!」と言うと「俺はまだ、大好きまでは気持ちが行ってない。好きだよ」と返ってきた。「この服好きじゃない」も、「フィー子って横顔はあんまりだな」も傷ついた。傷ついたけど、その分「この芸能人よりもフィー子のほうが可愛い」も、真剣に就職活動の相談に乗ってくれたことも、私にはどこまでも嘘偽りの無いものだと思えた。
別れる時もちゃんと言葉で伝えてくれる人だと思っていた。いや、信じていた。
その時にどんなに傷つく言葉を聞いても、わたしはあなたにさよならと感謝を言いたい。
言いたかった、でも言えなかったさよならと感謝を、彼のいない日常を過ごしながら、思い出という過去を徘徊しては、ずっと探していた。
あの時こうしていれば、という後悔はまるで無い。そうではなくて、彼に伝えることのできなかった行き場のないさよならと感謝が、身体中を巡っては私を過去に引き戻すのだ。
◎ ◎
そういえば、1年程片思いしていた彼が、いつの間にか東京へ行ってしまった時だって、私は地縛霊と化していた。いい出会い方もしていないし、隠し事ばかりされていたけれど、最後なんだから。最後くらい、ちゃんとさよならを言わせてほしかった。恋愛としての想い合いは無くとも、親しさは存在したじゃない。
逆に長年の付き合いとなった彼との別れは、じっくり感謝を伝え、さよならを告げることができたので、1週間で思いは成仏。そういえば、今日、彼から初めてもらったプレゼントだったオレンジ色のプリザーブドフラワーをリサイクルショップへ売りに行った。別に物に罪は無いからと部屋に飾っていたが、近々予定している引っ越しを見据えて手放した。
とても久しぶりに彼のことを思い出した。急に寂しくなって、スマートフォンのカメラロールに数枚、写真として残すことにした。少し涙が出た。さよなら。
これから私と別れる人々よ。
私を悲しませないように……いや、場合によってそれはただの建前である。私に責められるのを逃れるためにそっといなくなるの、やめてもらっていいですか。
わたくし、大泣きはしますが、一晩中泣いて大変ですが、あなたを怒ったり責めたりはいたしません。どうか、大泣きしながら、一晩中さよならと感謝を伝えさせてください。
それが私を地縛霊にさせないさよならの仕方なのです。何卒、よろしくお願いいたします。