わたしは、高齢者が嫌いだ。
なぜなら、わがままだから。
看護師として、リハビリ病院で働くわたしは高齢者と関わる機会が多い。

高齢者は、若い人に比べて要望が多い。
「テレビカード、買ってきて」

「肩こりが酷いからマッサージをして」
「歯磨きの順番待ちは出来ないから他の人じゃなくて自分を1番にして」

「布団をかけて」
業務に忙殺される中、ナースコールを連打され自分本意とも思える訴えを聞かされる度、疲労した。

医療費は、勤労世代は3割負担で、高齢者は1割負担だ。
医療費をわたしたちより払わず、それなのに要求は多い。理不尽だと感じた。社会保険費を支払い少ない給料でやり繰りするわたしの給料からも高齢者の医療費が支払われているのかと考えるとため息は尽きない。

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わたしは、日本の政治の高齢者優遇の考えに不満を持っていた。

だから、「仕事以外では高齢者に絶対優しくしない」と決めていた
そんなある日、仕事帰りの電車で腰を曲げ杖をついて乗ってきたおばあちゃんがいた。よぼよぼと歩き腰をさすっている。辛そうだ。
けれど、わたしは、「仕事じゃないし、絶対に助けないぞ」と心の中で決めた。

それでも、なんとなく気になりおばあちゃんの動向を見ていたらおばあちゃんが立ち上がった。この駅で降りるのか。そう思い見ているとピロリピロリと音楽が流れた。電車のドアが閉まるチャイムの音だ。
しかし…、おばあちゃんは、よぼよぼとまだドアの遠くを歩いている。あまりにも歩くスピードが遅くこのままじゃおばあちゃんはこの駅で電車を降りられなそうだった。

ピロリピロリとまた音楽が鳴りドアが閉まりかる。わたしは咄嗟におばあちゃんの脇に手を入れ歩行介助しおばあちゃんを電車の外まで送り届けていた。
あんなに高齢者が嫌なはずだったのに。
仕事以外で高齢者に優しくしないと決めていたのに。
気づけばわたしの体は勝手に動き高齢者を助けていたのだ。

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さて、話に戻ろう。
わたしは本当に高齢者が嫌いなのだろうか?仕事場で嫌な顔をしてくるわがままな人が嫌いなだけで本当は高齢者が嫌いなわけではないのじゃないだろうか?
だって、勝手に体が動き高齢を助けてしまったくらいだし。心に疑問が募る。

Twitterでは、高齢者蔑視の投稿が量のいいねを集める。年金をたくさん貰い、いい役職に就いた過去があり、子どもや孫に恵まれたいわゆる幸せな普通の生活を送った高齢者。
団塊の世代。そんな世代を現役世代は羨む。
年金にお金を使うのではく、「現役世代にお金を使ってくれ」、「子育て支援の充実を」との意見は多い。高齢者を大事にする政治への不満。

わたしは、そんなTwitterで交わされる高齢者への不満と仕事で出来ない対応を求めてくる患者さんたちへの不満を「高齢者」と一括りにしていなかっただろうか?
思えば、幼少期おばあちゃんが大好きだった。優しくて、知識が豊富で、お話好きのおばあちゃんが大好きで大好きでしょっちゅう遊んでもらっていた。
あんなにお世話になったのに。あんなに大好きだったのに。

社会人として荒波に揉まれる内にいつのまにか、高齢者を嫌いになっていた自分に気づき悲しくなった。高齢者を日本の政治で優遇されててずるい人とか、仕事場で嫌な顔をしてくる嫌な人と一括りにせず、一個人として見て、優しくしたいと思った。
わたしがずっと思っていた誰にも言えないような意地汚い考えを改めた日のことである。