私は家事の中で料理が一番好きだ。いつから好きだったのかはわからない。物心つく前から私はキッチンにいたそうだ。まだ、おんぶにだっこだったころから、私は母の背中にくっついてキッチンにいた。母が私をおんぶ紐で抱えて朝食を作っていた。おんぶにだっこを卒業すると、キッチンの片隅に座って料理する母を眺めていた。

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保育園の年長さんになるころ、私は夕食の1品を担当するようになっていた。私が任されていたのは卵料理。保育園児の私でも危なくないように、包丁と火は使わないことが決まりだった。私は、耐熱ボウルに卵を割って混ぜて、調味料や薄力粉を入れてレンジでチンする係だった。

好奇心旺盛な保育園児は、毎日同じ作業には飽きてしまう。だから私は、毎日味付けの違う卵料理を作っていた。組み合わせ方は無限大!保育園児の私にとって毎日が壮大な実験のようだった。定番のめんつゆ味の日もあれば、洋風コンソメ味の日もあった。練乳を入れた日は「意外とおいしい!」と家族から褒めてもらえた。シナモンパウダーをこれでもかと入れた日は「……うん、今日も頑張ったね」と少し気まずい空気をダイニングに漂わせた。

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そんな私が小学生になると、ついに包丁が解禁された。包丁と言っても子供用の先の丸い包丁だが……切れれば何でもよかった。調味料の実験も新鮮味がなくなっていたので、卵料理に具材を入れられることがうれしかった。手始めに、見よう見まねほうれん草を入れたキッシュ風のレンチン卵を作った。それが家族からも大好評だった。そして、片っ端からいろいろな野菜を刻んで卵の中に入れてみた。

家族からも不評だし、自分でも「美味しくない……」と感じたのは、根菜系だった。なんというか、うん、食感がね……。生なんですよ。「ふわっ、ジョリ、ガリっ」って効果が口から響き渡るんですよ、ダイニングに……。

そもそも、にんじんと、だいこんと、ごぼうが同じ根菜という類だと小学1年生の私は気づいていなかった。そのため、「今度こそおいしくできた!」と意気込んでは、「これも失敗作……」とたびたび凹んでいた。野菜の分類や卵と根菜で必要な加熱時間に差があることを理解できたのは、小学校中学年のころだった。

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保育園児の頃から、母は私が料理を作る過程で口を挟まなかった。どんなに失敗が目に見えていたとしてもだ。母は「とりあえずやってみたら?」が口癖だった。そんな母だったから、当時の私は「これは何が良くなかったのか」、「これはどうして美味しくできたのか、他にも応用できないか」を考えていた。自分で考えることを邪魔されない環境だったから、私は料理に夢中になっていた。

私は、毎日料理という名の実験を繰り返していた。実験していくうちに、過去の経験から予測を立てられるようになっていた。この頃から、極端にまずい失敗作が食卓に並ぶことが減った。料理は、好奇心を満たしてくれ、自分の仮説が正しかったことを証明してくれる。

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大人になった今でも、私は料理が好きだ。私には保育園児の頃から積み上げてきた実験データがある。気になる食材があれば、どんな組み合わせが美味しいか考える癖がついている。外食した時に美味しかった料理を自宅でもある程度再現できたりもする。それでも、ごくまれに、経験値の浅い食材や調味料で創作料理を作り、ダイニングに気まずい空気を漂わすのだが……。まあ大半は美味しくできていると思う。

私はこれからも、料理という名の実験を繰り返して、自分のレパートリーを増やしていこうと思う。