私が小学1年生の時の話だ。
真面目な両親に比較的厳しく育てられた私は、律儀に課題をこなし、サボるという概念すら知らない堅気な子供だった。長女ということもあって、毎日きちんと宿題を出し、友人と一緒に学校に行き、放課後は学童で課題をこなしてから外で遊ぶ。
今の自分からは考えられない程模範的な生徒だったと思う(悪く言えば、大人に従順で頭が固かった)。時々校内ですれ違う、少し砕けた、先生にタメ口で話すような年上の女の子たちは苦手だった。
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そんな私が初めて、いわゆるギャルと接触したのは、朝7時50分、いつもの待ち合わせ場所で、中々やってこない友人を1人ぽつんと待っていた時のことである。
何か嫌なことをしてしまったのかな、もう1人で先に行ってしまおうかなと考えながら四葉のクローバーを探していると、スカートをギリギリまで折り曲げ、スクールバッグには蛍光ピンクのペンで落書きをし、カラフルなシュシュを身に着けた女子高生2人組が「なにしてんのー」と話しかけてきた。
私は初めて出会うその異質な2人組に恐怖を覚え、何か怖いことをされるのではないかとおびえた。しかし、勉強に関しては放置主義でありながら、マンションに住んでいた手前、挨拶に関してはかなり厳しく育ててくれた両親のおかげで、私はとっさに「こんにちは...…」と声を絞り出した。
すると女子高生たちは、しまった、おはようございますだったかもと考える暇もなく、「何この子!超いい子!可愛い!」と私をもてはやしだした。
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当時私は外遊びで真っ黒で、自ら振り返ってもあまり可愛い部類に入る子供ではなかったのだが、早生まれでいつも2歳ほど幼くみられていたことが幸いしたのだと思う。
4歳ほどの大きさの子供がけなげに大きなランドセルを背負い、一生懸命声を絞り出して挨拶する姿が可愛らしく見えたのではないだろうか。
女子高生たちは「何してんの」「可愛い」「いくつ?」と私を質問攻めにし、友人を待っていることを伝えると「じゃあ一緒に待ってあげるよ」と隣にしゃがみこんでくれた。
さらには、バッグの中から干し梅を取り出し「いる?」と私に差し出した。
私は当時から干し梅が大好きではあったのだが、給食の前に朝ごはん以外を口に入れるという発想がなかったため、ここでも真面目ぶりを発揮し、「歯磨きしたので……」と断った。
怒られるかと思いきや、「いい子過ぎる!」と2人の間でどっと笑いが起きた。
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結局その日友人は学校を休んでおり、来ることはなかったのだが、遅刻を心配した私は遠くでチャイムが聞こえたのを合図に「もうそろそろ行かないと」とその場を後にした。
女子高生たちは「また今度ね!いってらっしゃい!」と快く私を見送ってくれ、私は彼女たちを誤解していたという恥ずかしさと、ちやほやしてもらった嬉しさを抱え、それでも後者がやや上回ってホクホクしながら、1人学校への坂道を上ったことを覚えている。
次の日もその又次の日も、また会えるかもと思って少し待ってみたのだが、二度と彼女たちに会えることはなかった。とはいえこの出来事以来、完全に違う世界の生き物だと思っていて、恐怖の対象でしかなかったギャルというものが、私は好きになったのだ。
私はあの時小さな挨拶によって、知らない世界の住人と接触できたこと、それを好きになれたことを幼少期の大切な思い出として心に刻み、そして挨拶を叩き込んで抵抗をなくしてくれた両親の教育に感謝している。
あれから20年近くの時がたち私も社会で働く大人になったが、これからも挨拶を扉として、どれだけの人々と出会うことができるのか、楽しみだ。