父が亡くなり10年以上経ち、最近、時々想像することがある。
それは楽しい想像で、タイムスリップして20代の頃の父に会い友達になること。 

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もしタイムマシンが発明されたとしても、高額な利用料はきっと払えないし、たまたま時空の歪みが生じても、映画のようにデジタル設定した年代に行けるとも限らない。

父にはよく怒られ、言い争いもしたが、翌日には忘れて普段どおり接していた。血液型が同じB型気質で楽しいところがあり、自分では自信満々の、こちらにはちっとも面白くないシャレや冗談をよく言っていた。

思春期にありがちな、父親を避ける行動など全くなく、父と並んで出かけることを憂鬱に感じたこともなかった。
外出時もお互いに話題を提供するタイプで、沈黙の苦痛もない。ただ…洗濯物だけは別にして、2度洗濯機を回していたが。

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タイムスリップで、その頃の父に会うためには、その年代のその頃の勤務先だった、地元の旧居留地に今もある洋館にあった貿易会社に行けば会えることはわかっている。

見つけて思わず、お父さんっ!と呼んでしまったり、懐かしげに近づくと不審がられて逃げられるかもしれない。またウロウロとタイミングをうかがいすぎると周囲に不審がられ、昭和の厳しいお巡りさんにショッ引かれるだろう。

もちろん、タイムマシンのことなど当時の人が理解するわけがなく、牢屋か病院送り。時間をロスすることになり危険だ。
どんどん妄想が続く。

こう思うのは、生前の父とのやりとりが楽しかったこと、父が自分の子供の頃からの苦労を経て、ひとりの父親、男性として尊敬できる人だから。誰よりも私を守ってくれる存在であり、また会いたい気持ちがあるから。そしてなぜか、いい友達になれる気がするのだ。

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父はとてもハンサムで、古くはアメリカの大統領ケネディ氏、私からみると、米国俳優のロバート・レッドフォード。今でいう、ブラッド・ピットに似ている。年代にしては小顔のハーフ顔でスタイルもイイ。家族として、それは当たり前であり、ボーッと見惚れることなどなかったが。

父が還暦を迎えた頃、写真館であらたまった家族写真を撮ったことがあり、母と娘は着物を着て、兄はスーツ、父は袴を着た。着付けは近所の商店街にある美容院でしてもらった。父の着付けをした美容院の先生は照れてしまい、ずっと父の顔を見れなかったということもあった。

欧風の木彫工芸家として、父の努力もあり、昭和の経済成長期の流れとともに右肩上がりに仕事をすることができた。自宅にも教室を設け、複数の文化教室で講師をしていた。生徒さんはほとんどが女性。彫刻ということで上品なかたが多かった。

自宅の教室では、父のジョークで楽しげに笑う女性の声がいつも聞こえていた。
私は生徒さんが帰ったあとの教室の空気がとても好きだった。自宅なのに、いつもと違う独特の余韻が漂っていた。
そこは女性のふんわりした化粧や香水のまざる、ほのかな香りと、人の体温、笑顔の暖かさがまだ残っていた。

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子供心にも、父はきっといい仕事をしている、と感じていた。

直感の鋭い私だが、父はとても真面目だったと思う。
父は10歳で突然父親を亡くし、その後の戦争で、母と子で苦労をした人生を送ったため、家庭を大切にする父親だった。

きっと父は、子供には同じ思いをさせまいと人生を送っていたのだろう。
父は一人っ子で、母親を支えなければならず、中学、高校と畑を耕して生計を立てていた。生きていたら頼りになったであろう兄のような親戚の男性も、戦争で帰らぬ人となった。父の20代までの写真を見ると、どの写真も眉間にシワをキュッと寄せていた。

私を見て周りの友人には「父親が厳しそう」と言われることもあった。
おそらく私にとり、その厳しさは普通であり、他の家庭の父親を見て比較する機会もあまりないためよくわからなかった。

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私が社会人になった頃、父の学生時代の友人夫婦の何組かと旅行をしたことがあった。
手に取った土産物を買おうか迷っている私に、父が「そんなに高いもの買うな!」鋭くいい、それをそばで聞いていた父の友人が「そんなにキツくいうなよ」と、たしなめたことがあった。言われた父も驚いていたし、私も初めてそれに気づいた。

私がまだ小さい頃、デパートへ行き、買って欲しいものがあっても、私はダメといわれそうでなかなか言い出せない子どもだった。「どれがいい?」と何度も聞かれ、売り場の喧騒を離れてから「あれが欲しかった…」ポツリというと、なぜその場で言わないのかと、よく怒られた。

また、父には年代的にありがちな男尊女卑の考えもあり、ブツブツと女性を小馬鹿にする発言もよく聞いた。

私が社会人となり何年もたった頃に、一度たまりかねて父にこういったことがある。
「いつも女性をバカにするけど、教室に来ていただく生徒さんは、ほとんど女性で、そのおかげで家族が生活できてるよね。それを考えたらそんなこと言えるの?」父はむすっとした顔で言い返すことなく黙っていた。

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両親のアルバムを見ると、厳しい父の表情が変わったのは母との結婚からだ。
新婚旅行で母と交代でカメラで撮り合った写真の笑った父の表情が、私の知る父の顔だ。
祖母も、息子が結婚したらこんなに変わるものか、いつも眉間に皺を寄せていたのに、と驚いて母に言ったらしい。

タイムスリップして、20代の父に会う。そのイケメンぶりを見たいこともあるが、その時代の自分の街を歩きながら、父と娘としてまた話したい。また会いたい、と思う。

でも最悪、父が私に惚れたら大変だ。いつか見た映画のようにあの手この手で、母との縁に繋げ直さなければならない。
それだけは避けなければ。

妄想は続くが、その重要な盲点としては、自分はとっくに20代ではないということ。
20代の父にすれば、母親ほどの年齢だ。やはりタイムスリップは、妄想だけにしておこう。