「こけたんや」と言ってベッドに横たわる母。

母は八十六才。独身の兄と二人暮らしである。すぐに病院で診てもらったところ、大したことはなさそうで安心していたのだが、だんだんと腰がうずきだして歩けなくなり、トイレにもいけなくなって、とうとうベッドでお漏らしをしてしまった。

兄から連絡を受けて、私も母を見に行ったところ、母は腰の痛みに朦朧として、ベッドは尿まみれ、異臭が部屋中、母の体中からもしていた。いつも元気な母のこの姿にショックを受けた。

この状態にどうしたらいいか分からず、介護経験のある友人に相談したところ、「ケアマネさんに相談したらいいよ」と、教えてもらった。突然のことに焦るばかりで、その簡単なことさえ、思いつかなかったのだ。

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私は兄がひとりと、弟二人の四人兄弟である上の弟は飛行機で行かねばならないほどに遠いところに住んでいる。そして下の弟は電車で約一時間のところに住んでいる。その下の弟がぐずぐずしている私や兄の代わりに連絡したり、母の病院行きを勧めたりと、すみやかにことを運んでくれた。

弟夫婦が、母が病院へ行ったすきに尿で臭くなった布団を捨て、自動ベッドを借りて古いベッドと交換した。汚かった母の部屋の大掃除を一日がかりでやってくれたのだ。母の下着なんかもそろえてくれた。

弟夫婦は献身的に母の世話をしてくれた。何度も母のところにやってきては、掃除をしてくれたり、母の病院に連れて行ってくれたり、母を外食へ連れてくれたりと、至れり尽くせりであった。私もこの弟の優しさと心配りの良さに感動した。とっても頼りになったのだ。年が十歳下というだけで、今まで子ども扱いしてきたことを申し訳なく思った。

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そして何より驚いたのは、兄である。
実のところ、彼は短気で、すぐに怒るところがあり、私は兄のことをあまり良く思っていなかった。しかしその兄が、今回母の面倒をとても良く見てくれたのだ。そんな兄にしみじみと心から感謝。兄が母と一緒に暮らしてくれていなかったら、もっと私たちは大変だったと思うのだ。

それは弟たちも同じ思いだったのじゃないかな。弟たちもこの兄からよく怒られた。そんな兄への気持ちが今回の件で一掃されたのではなかったかと思う。そして母も「兄には世話になった」と口癖のように言っている。

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何が福となっていくかは分からないものだとつくづく思った。今回の母のケガのおかげで、兄弟で密に話し合うことが多くなり、よく会うことが多くなったのだ。バラバラだった兄弟がひとつにスクラムを組んだような感じである。遠くに離れている弟も一度だけ飛行機で来てくれた。それだけでもう彼が、母のことを想っていることは十分すぎるほど伝わった。いつもはメールのみの参加であるが、けれど必ず相談にはのってくれている。

下の弟に「お姉ちゃん、お母さんが『あの人は来てもすぐに帰らはるで』って言うてたよ」と、にやり。気が多く常に忙しい私は、母のところに五分といない。顔だけ見たらすぐに帰ってしまいがちだ。でも母もそれはよく承知で私を見ては「あんたはお父さんそっくりでちっともじっとしてへんな」と、ほほほと笑う。
いつも私を許してくれる母である。