大学生になった。一人暮らしをする余裕はないので、片道二時間かけて都内の大学へ通う。窓から見える景色は田んぼばかりだったはずなのに、眠っている間にビル群へ変わっていく。

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いろいろな勉強ができた。数学と日本史だけの勉強はもう終わっていた。政治、中国語、宗教、音楽、フェミニズム、人権、戦争……。いろんな知識がたまっていった。その中でも、私の頭の中はフェミニズム…というか、女性に関することでいっぱいだった。

帰りの電車で、勉強したことを振り返る。振り返るって言っても、教科書を読み直したり本を読んでみたりとかそんな大層なことじゃなくて、ただ、の中でぼうっと振り返る。

(ゲリラ・ガールズ、知らなかったなあ。言われてみたら確かに、美術の女はみんな裸だよな)
(性風俗店で働く女性っていけない人だって思ってた…「売春婦」って言葉も普通に使ってた。ああ、自分にショックだ)
(家父長制かあ……嫌だなあ、そこに組み込まれるの…
(どうして戦時性奴隷のこと、高校の教科書ではあんなに小さく書いてあったんだろう)
(サイボーグ宣言……いやあの文献、大学一年生が読むには難しすぎないか⁉)

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灯りの点いていたビルたちはいつの間にか消えて、真っ暗な田んぼばかりになっている。

地元の駅のホームには、「盗撮に注意!」という文字とともに、スカートの中を盗撮されている女性のピクトグラムが描かれたポスターが貼られていた。

家に帰ると、テレビがついている。母と姉と妹が、テレビを観ている。

「わあ、この女の人綺麗だねえ」

どっかの選挙。女性の候補者に向かって姉が言う。

「でもちょっとがみがみしすぎて怖くない?」

母が首を傾げる。

「もっと落ち着いたほうがいいのにね」

二人はそう言いながら楽しそうに笑っていた。

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主人公が修行か何かをしているアニメを観ていた妹に聞いた。

「なんでこのシーンには女の子出てこないの?」
「さあ?女子じゃつまらないからじゃない?」

そのあと、下着同然の格好をした胸の大きな女性キャラクターが、修行中の男性陣に対しておにぎりの差し入れに来ていた。

寝る前にふと、高校時代の男性教師がちらりと言っていた言葉を思い出した。

「女子は浪人しない方がいい」

そう言われた子は、眉をひそめて俯いていた。

中学時代を思い出す。

「学校の近くに不審者が出たそうです。気をつけてね、とくに女子は」

不審者自身に怒りを向ける大人は誰もいなかった。いつも私たちにだけ注意する。

じんわりと浮かび上がってくる些細な思い出たち。
担任の女性の先生が、結婚していないこととか年齢とかを生徒にも教師にもからかわれていたのを最後に思い出して、私は眠った。

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キャンパスまで二時間かかるので、一限のある日の朝は早い。妹が起きる前に、きらきら着飾った若い女性とスーツを着た中年男性がキャスターを務めるニュース番組を消した。

電車の中で、私は重いまぶたを擦りながらメールを打っていた。宛先は防犯協会。件名は「○○駅における盗撮防止ポスターについて」。目の前には、「かわいい私で短い高校生活を過ごしたい」みたいなキャッチコピーとともに、女子高生がっている広告があった。

送信ボタンを押して、私は眠りについた。

いつになったら私たちは自由になれるんだろう。誰にも搾取されることなく、指図されることなく、非難されることなく。私はまだ、テレビを消したり、メールを送ったり、広告を無視することしかできない。でもいつか、大きな声をあげたい。あげなくてはならない。

あっという間に、就職活動をする年に。緊張する面談の中で、私は胃をきりきりさせながら顔を上げていた。

「…はい。私が御社で実現したいことは、女性をエンパワメントする刊行物を作ることです──」