いつもより甘く感じたミルクティー。私がアルバイトを好きな理由

私は、スーパーのレジでアルバイトをしている。スーパーにはレジやグロサリーなど6部門があるため、直接関わらない人が多い。出勤するとバックヤードで仕事をする社員さんやパートさん、休憩中の方々と挨拶を交わす。
ある日、出勤したら出入口に一服している社員さんたちが集まっていた。特に気にせず、いつものように挨拶を交わした。すると、「ちゃんと挨拶するの君くらいだよ!」とある1人に言ってもらえた。「そうなんだ」と軽い気持ちでその後も変わらずに挨拶を交わしていると、声をかけて貰えるようになり、会う度に会話をするほどの関係になっていった。
自分の中で当たり前だと思っていたことは、一般的には当たり前ではないのか。いや、挨拶は「基本のき」である。しかし、私以外のバイトの中に社員さんと話している人はいない。自分で言うのは恥ずかしいが、店舗の中で1番可愛がられているバイトだと思う。
これが予想外の展開を起こす。ある日、店長に呼ばれ、事務所へ入る。「社員にならないか」。まだ大学2年生の私にとっては、早すぎる話だ。本社から人事部の人が来て面談をするなど、考えすぎる性格の私は困惑する日々が続いた。しかし、ありがたいお話であることに変わりはない。
高校までソフトボール部に所属していた私にとっては、挨拶に限らず礼儀や感謝の気持ちは基本である。しかし、社会に片足出しているようなアルバイトの今、自分にとっての当たり前が自分にも周りにも良い影響を与えていると知った。
12月に入り、母が体調を崩した。それを知ったのは、平日の朝起きた時だった。家のことをほとんどやってくれる存在が寝込んでしまい、自分がその役を担うことになった。大学生になって時間に余裕ができた今、自然と家事を母と分担するようになったため、ただ自分の仕事が増えた感覚でいた。しかし、そう簡単に全てをこなすことはできなかった。レポート課題が増えていた時期であったこともあり、忙しいことが重なっていた。課題をやらなければいけない、しかしご飯の用意をしなければならない。頭の中は「やらなきゃ」でいっぱいだった。
母が寝込んで2日目、放課後にアルバイトが控えていた。冷蔵庫には何も残っていなかった。朝から私の頭の中は、「夜ご飯何にしよう」でいっぱい。帰宅後1時間もない間に用意しなければ父が仕事から帰ってきてしまう。帰りの電車で揺れている時間は私の中の頭も「どうしよう」で揺れていた。最寄り駅に着く直前に母が作っていたすき焼き風煮を作ることに決め、スーパーに寄ってから帰宅。その日は姉が外食に行くため2人分だけ用意した。フライパンに具材と調味料を入れて火が通るのを待つのみ。自分の支度を終え、前夜に干しておいた洗濯物を畳む。最後に火を止めてフライパンの中を見ると、我ながら上出来な夜ご飯が出来上がった。
ゆっくり座る暇もなく自転車を走らせ、バイト先に着いたが、その日に限って自転車が手前に集中して止めてあり、移動させてから自分の自転車を止めた。ため息をついたその時、少し離れた入り口から「おい、○○ー!何か飲むか!」と、普段に増して元気な声が飛んできた。いつものように自動販売機のドリンクを奢ってもらえた。寒くなってきたので、今シーズン初めて暖かいミルクティーをいただいた。いつも通りのやり取りだったが、私はぎこちない笑顔しかできなかった。しかし、いつもとは違った嬉しさだった。
母が寝込んでいるなんて言いたくもないし言えない、けれどいっぱいいっぱいになりかけた状態の私。
人に頼ることが苦手な私。
温かく迎え入れてくれるバイト先の方々がいるからこそ、私はアルバイトが大好きで、その日はいつも以上に良い息抜きになった。
バイト中に飲んだほんのり暖かいミルクティー。いつもよりもずっと甘さを感じ、私の心を癒した。
人との関わりを持つことは、ずっと大切だと思っている。出会った人との繋がり、そのご縁は一生の宝物。そして、自分の武器にもなる。
誰もが初めは挨拶から始まる。「おはようございます」「お疲れ様です」はこれから始まる社会の場で無限に使う言葉である。
自分にきっかけをもたらす簡単な一言は、魔法の言葉である。
あと2年間、私はアルバイトをただの仕事ではなく、楽しめる環境でたくさんのコミュニケーションをとりたい。
明日はどんな素敵なことが待っているのだろう。
どんな話をして笑顔になれるだろう。
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