私の育った町では雪が降らない。暖かいを通り越して常夏の島、と呼ばれる場所で生まれ育ったので温暖化が話題になる前からいつから夏になって冬なのか、春と秋の存在自体を小さな頃から感じられた事がなかった。

桜は花びらではなく椿のように散るし、紅葉やイチョウの木は育たない場所ではもちろん雪なんて降るはずがなく、加えて家族旅行なんて縁のない家庭だったので雪は物語かテレビの中の世界の存在。

大人になった今では雪かきの大変さや交通機関がマヒしてしまう事で大変な側面がたくさんあるのだ、と思いをはせる事が出来るものの子どもだった私にとって雪は憧れで、冷凍庫に常備されている氷と違う、という事はなんとなく分かるものの寒くなってくると親の目を盗んでは氷をこそこそ持ち出して手に取ったりほっぺたにそっとくっつけたりして雪に触れたつもりになって楽しんでいた。

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本物の雪に初めて触れたのは、小学校高学年の頃。雪の降らない地域の子ども達へ雪を届けようというプロジェクトの一環で雪国から届いた段ボールに鎮座した小さな雪だるまの中にぎっしりと雪が詰め込まれていた。確か東北の福島県からだった気がする。

学年みんなに触らせるために、と手のひらにほんの少しだけ乗せてもらった雪はひんやりと冷たくて、固形の氷とはやっぱり少し違う。自分の体温で少しずつ小さくなってしまう氷が惜しくて口に入れている子もいたけれど、お腹が痛くなるかもしれないからダメ、と言う大人の忠告を守って最後まで手の上だけで愛でていた。

雪を持ってくるのは大変だったはずなのに、私の地元からお返しはちゃんとあったのかと気にはなったけれど、それよりも初めて雪に触れた喜びでいつもよりクラスみんなのテンションが高く、教室の温度感もその熱気からかいつもより高かった。

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ひとすくいの雪で大いに盛り上がった日から数年経って、二度目の雪に恵まれたのが中学校の修学旅行。三泊四日の九州旅行の三日目の朝、前日より更に冷え込んで空気の澄んだ朝、みんなの吐く息が白くなっていた。これには普段やんちゃな子もいつもクールな子も、何より私も初めて体験する冬ならではの出来事に大はしゃぎ。

その日は熊本の阿蘇山へ行ったのだけど、そこでもタイミングよく初冠雪に遭遇した。宿泊していたホテルより寒かったからなのか、前日から降っていたらしい雪が少しだけ積もって雪合戦をする同級生もいた。私も入れてよー、という勇気は残念ながら持ち合わせていなかったのでひとりで小さな雪だるまを作って静かに感動していた。

雪はシャーベット状でひやっとしてるだけでなく、ぎゅっと握り込むと思った以上に固くなる事もこの時初めて知った。普段の学校生活とはまた違う少し非日常の空間で味わった二度目の雪。いつも厳しい先生の表情も少しだけ解れていて、ここに来なければ見れなかった景色と体験出来なかった事に大人になった今振り返って気づいたりする。

あの日以来すっかり縁遠くなってしまった雪。ニュースで報道される遠くの雪景色を見て寒くて大変かもしれないけれどもう一度触れてみたいと温かい部屋の中で思っている。