ピンクより水色の方が好きだなあ、という感覚を得たのは6歳の頃だった。

それまではなんとなく女の子らしいピンクが好きで、通っていた幼稚園のお遊戯会ではピンク色の衣装を着てアイドルよろしく楽しく踊っていた。

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私はピンクより水色の方が好きなんだ、とはっきり自覚したのは、卒園アルバムの作成時のこと。自分の名前をピンクのハート型、もしくは水色の星型の紙に記入するよう、担任の先生に告げられた。
先生は、「一応、女の子はハートに、男の子は星に名前をかけるように紙を作っているけど、女の子で星に名前を書きたい子はいる?」と問いかけてきた。
引っ込み思案で自分の意見なんて一切口に出したことのなかった私だけれど、このときだけは迷うことなくスッと手を挙げた。最初は、たったひとり、私しか手を挙げていなかったけれど、次から次へと女の子たちの手が挙がった。

出来上がった卒園アルバムを見てびっくり。クラスの8割が水色の星形の紙に名前を書いていたのだ。
この出来事は幼いながらも印象深く、私の水色好きを決定づけることとなった。

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それからかれこれ20年近く、私は自分の持ち物のあれこれを水色に染めていった。

水色のジャケットに水色のパンツを着ることがあれば、本の表紙が水色だとついつい惹かれるし、名前に「あお」が入っている人を見かけると羨ましい!!と思う。トイレットペーパーもパッケージが水色だと中身に関わらず手に取ってしまうし、中学から毎冬肌身離さず巻いているマフラーはもちろん水色だ。1人暮らしの部屋のカーテンは、水色に星柄、三つ子の魂百までにも程がある。

友人には「あなたには水色のイメージがある」と言われるまでになった。それくらい好んでいる水色だから、あの出来事はやっぱり私にとって特別である。

幼稚園の卒園間近になると、親はランドセル探しに奔走し始めた。ランドセルのカラーバリエーションは現代と同じ程度に豊富で、パステルカラーや深みのある色など、すでに女の子は赤に縛られない時代になっていた。当時の私は、ランドセルの色なんかなんでもいいでしょ、と思っていたので結局6年間無難に赤のランドセルを使い続けたが、皆さまざまな色のランドセルを背負っていたように思う。

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こんな感じで、自分の好みを主張できる環境に育ち、いまではすっかり大人になったので、ピンクについて考えたとき、ピンクとはかなり縁遠い人生しか送っていないな、と思う。
幼稚園での出来事は、わざわざ取り立てて話すようなことではないし、おそらく私以外のクラスメイトは誰一人として覚えていないと思う。

ただ、私には水色が好きなんだと自覚できたあの瞬間がとても大切で、だから20年も覚えているんだと思う。
好きな色を選んでいいよ、の一言だけで、自分のアイデンティティのひとかけらが作られた。
この話はとりとめがなさすぎる上に、別に感動的でもないけれど、こんな一言を覚えている自分が少し誇らしくあり、あのときは先生ありがとう、と今でも思っている。