「あんたは、生まれた時からずっと反抗期」

18歳、大学進学で実家を出るとき、母に言われた言葉。
なるほど、そうだったのか。と自分でも納得するほど自覚はあった。

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小さい頃から、両親のいう事は聞かない。むしろ逆行した行動を好むような天邪鬼さを兼ね備え、小学校に上がると反抗的な態度に加え、余計な一言を付け加える。中学高校に入り語彙力が増えだすともうダメ。何を言っても揚げ足をとる。悪行ははたらかないが、言葉でとにかく反抗する子だった。

小さい頃から、外面はよく、成績表には「だれにでも優しく思いやりがある子」と書かれる子だったが、両親はそれを見て信じられないというほど、家庭内においては反抗的だったと思う。今思えば、家で好き勝手させてもらえる分、外では寛容になれていた。

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ひとり暮らしを始めると、ありきたりだが両親のありがたさをひしひしと感じた。温かくておいしいご飯が当たり前じゃないこと。家に帰れば誰かがいて、話を聞いてくれること。お日様の匂いを含んだ布団。自分の子供さをやれやれといった顔をしながらも受け入れてくれること。怒られ、言い返し、また言い返されて、感情をぶつけられる環境。それを数日すれば許してくれること。そんな環境が居心地よく、恋しくなった。

そんなことを考えるようになり、20歳の成人の時に、両親に感謝を伝えよう、と考えた。けれども私の中残っている反抗期と思春期心の気恥ずかしさから、結局何も伝えられなかった。まだまだ大人になり切れない。

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22歳になり大学を卒業し、社会人として働きはじめた。きっと今だと、リベンジマッチ。初任給で両親に贈り物をして感謝を伝えよう。色々贈り物を考えたけれど、形に残るものはなんだかやっぱり気恥ずかしくて、結局スイーツを送ることにした。

「社会人になり、初任給をいただきました。今まで育ててくれてありがとう」と感謝を伝えるためにメッセージを送った。定型文だが、私の本当の気持ちであり、当時の精一杯。母からの返信はやはり優しかった。

後日姉から、届いたスイーツの写真を撮る母の写真が添えられて、両親がすごく喜んでいたとメッセージが届いた。なるほど、娘の行動や言葉一つで、こんなに両親は喜んでくれるのだと、恥ずかしながら22歳で素直に感謝を伝えることの大切さを実感し、私の22年間にわたる長い長い反抗期は幕を閉じた。

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一度素直になってしまうと、今まで何を恥ずかしがっていたのかと不思議になるぐらい簡単に感謝の言葉を伝えられるようになった。両親の誕生日にはメッセージを送り、自分の誕生日には生んでくれたこと、育ててくれたことの感謝を伝える。それが恒例になっている。22年間も素直になれなかったのだから、少し伝えすぎるくらいが丁度いいではないか。

両親との関係性は年々良くなっている。母との連絡を取る回数や長電話が増え、実家に帰ると父とお酒を飲みながらだらだらと話をする。帰省をするときに手土産を選ぶ時間もまた愛しい。たまに口喧嘩もするけれど、良好である。

この間、「あなたの将来が不安だったけど、まともになってよかった」と言われた。よかった、まともになれたようだ。