「あなたにそいつは勿体無い」傷だらけの友人を守るために発した言葉

友達が泣いていた。
私が大学2年生のとき、共に周りに男の人がいない環境である女子校で育った中学校からの同級生に初めて彼氏ができた。
友達に久しぶりに会った。友達の顔や身体は傷だらけで、変わり果てた姿に驚きを隠せなかった。
「この傷、彼氏にやられたのだよね」
一瞬で冷え切る空気。怒りより先に戸惑いがきてしまった。一緒に話を聞いていた友達も、言葉を失った。ただ、友達が落ち着いて話すことができるようになるのを待つだけだった。
詳しく話を聞くと、友達は暴力を振るわれてもなお、彼氏のことに好意を抱いていることを話した。今回の暴力のことも謝ってくれたし、いつも高価なものをプレゼントしてくれるし、なにより「お前を愛している」と言ってくれるという。そのような言葉に自分の存在意義を感じていることを話した。そんな彼氏に友達は「君は俺がいないとダメだ」と洗脳されているようだった。
私はこれの現状について、彼女が今まで女子校で育ち、あまり男の子と関わりを持たなかったから、比較対象の男がおらず、好意を寄せてくれる男の人はその人しかいないと思い込んでしまっている結果なのではないかと考えた。友達は好意と依存を履き違えていると感じた。
そのとき、私は決心した。「友達を守る」と。
今までの私は、友達の否定をしない。自分と異なる意見、考え方を持っていてもこれは人々の差であると考えるタイプだった。しかし、友達を傷つけてしまうかもしれないと思いながらも言った。
「あなたにそいつは勿体無い。時間の無駄。別れなよ」
それを聞いた友達は今までの私との間にギャップを感じていた。私が発した言葉に驚きと戸惑いを隠せていなかった。当たり前のことだと思う。友達は慰めの言葉をかけられると思ったに違いない。今までの私ならそうしただろう。しかし、もう私は友達の目を覚ませることしか考えることができなかった。
それでも悩んでいた友達だったが、最終的には彼氏に別れを告げることができた。
私はホッとしたのと同時に、悲しそうな顔をする友達を見て、申し訳ないと感じた。「私のしたことは正しかったか?これが友達にとって最善なことであったのか?」など、不安の気持ちが募った。
その時だった。涙が止まったわけではなかったが霧が晴れたかのように友達の顔に笑みをみることができた。私の不安は晴れて、その笑顔に救われた。表情が元に戻っていく友達をみて誇らしかった。私のしたことは間違っていなかったと自信を持てた。
あの日を境に、私は初めて「たとえ今の相手には傷つくことかもしれないけど、言わないといけないことがある」と知った。そして同時に、その恐ろしさも。
あの日がなければ、私の友達は暴力を振るう彼氏と付き合い続けて今も傷ついているだろう。言葉は、その人の人生を変えてしまうほど恐ろしい。だけど、時には友達を守り、正しい道に導くことのできる武器になる。
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