居場所だった会社。休職して無理に好きにならなくていいことを知った

会社が好きだった。仕事が好きだった。私にとって会社とは、私の居場所だった。
高校も就職先も、選んだのは父だった。でも私は望まない進路だとしても、その行く先々で目標を見つけ、努力し、やり甲斐を見つけることができた。与えられた環境でも自分の居場所にしてしまうのは、自分の長所だと思っていた。
だから人事部に異動したときも、最初こそ戸惑ったものの、自分の仕事を好きになるのに、そう時間はかからなかった。
人事部は仕事がバリバリできる先輩たちばかりだった。なんでも粘り強く教えてくれた。私もあんな風になりたいと、強く憧れた。人事部での仕事は多岐に渡るが、いつかいろんな仕事を覚えて、なんでも任されるような、そんな人になりたいと思っていた。
人事部の仕事は多くて、本当に忙しかった。21時まで残業したり、土日に出社することも当たり前になっていった。それでも私は必死で食らいついた。月次の締め切りが近づくごとに、ああ、今回こそは無理かもと思う。でもどうにか間に合ってしまうのだ。
先輩たちはもっとスマートに仕事をしていた。すごく難しい仕事も難なくこなし、さっと退社していた。少なくとも私にはそう見えた。私も早くああなりたい。会社に必要とされる存在になりたい。その一心で、頑張り続けた。
しかし頑張れば頑張るほど、自分の駄目な部分に目が行くようになった。どんどん苦しくなって、ボロボロになっていった。
結果、鬱病で休職することになった。
休職中、復職のためのリワークプログラムに通った。講座やカウンセラーとの面談を通して休職原因や再発防止策を探っていく。そこで私は、会社への愛着が強すぎたことを知った。
「会社では感情を出さず、淡々と仕事をすればいい」
「凄いと思ってる人も、絶対何かしら粗があるから」
カウンセラーに言われたそれらの言葉は私にとって衝撃的で、最初は上手く飲み込めなかった。上手く飲み込めないままリワークプログラムは終了し、復職した。
復職して改めて会社を見ると、カウンセラーの言葉がわかるようになった。
いろんなことに首を突っ込む同僚は積極的だと思っていたがただの出しゃばりだったし、仕事が早いと思っていた同僚は仕事が雑だった。
そうして私は会社への愛着が無くなっていった。
会社への愛着が無くなると、いろんなものが見えるようになった。
課長と係長、そして看護師が信用できなくなった。
復職したてで体調に波があり、業務量が多いことを伝えると、三人は困った顔をした。
「産業医には通常勤務可能って言われてるから、これくらいもできないようじゃ通常勤務不可ってことになって、また休職してもらわないといけなくなっちゃうんだけど」
そう言われ、言葉が出なかった。「体調が悪かったらすぐに言って」と優しい言葉で配慮をしている風を装って、何一つ配慮する気がないことに、ただ絶望し、腹が立った。
さらに数日後、三人から別室に呼び出され、私の仕事上で駄目な部分をずらずらと並べ、指摘された。自分が否定されているような気持ちになって、その場で泣き崩れそうになった。
これが鬱病で休職していた部下にすることだろうか。
そんな職場で働き続けることに限界を感じ、逃げるように休職した。
今では思う。会社を無理に好きにならなくていい、会社を好きにならなくても仕事はできる、と。必要以上に会社を、仕事を好きになっても、会社は私をそんなに好きではない。一人の社員。それ以上でも以下でもない。ただ淡々と自分の仕事をすればいいだけだ。
会社は嫌いだ。
もちろん優しい人もいる。尊敬する人もいる。話していて楽しい人もいる。でもだからといって、それらは会社を好きになることとイコールではない。
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