雨が降ると思い出す、あの店。実家を離れてからなかなか足を運んでいないけれど、雨の日にしか食べられない大好きなメニュー。しとしとと雨が降り続く道をスキップしながら歩いた自分の姿が蘇ってくる。

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私の母は料理が上手で、美味しい夕飯を毎晩作ってくれた。だから何か特別なイベントがない限り、ほとんど外食することはなく、自分にとって特別なものだった。けれど買い物もめんどくさくなるような雨の日はいつからか外食することが増え、特に梅雨の時期は外食の頻度が増えていった。その中でも特に思い出深いのは近所のステーキハウス。

そこは仲の良さそうな夫婦が経営されているお店で、ログハウスを思わせるようなあたたかな木の内装が印象的だった。そのお店のニンニクのきいたしっかりとした味わいのソースがかかったステーキはもちろん美味しいが、私はそれよりも雨の日にだけ食べることができるコーンスープをいつも楽しみにしていた。

家で飲むコーンスープはほとんど粉末をお湯でといたものだったからこのお店のコーンスープはかなり衝撃的だったことを覚えている。濃厚なとうもろこしの味とトロッとした舌触り。ファミレスで食べるコーンスープももちろん美味しいのだけれど、やっぱりこのお店のは特別だった。雨が降った日、「夕食はどこに行きたい?」と聞かれた時には必ずステーキ屋に行こうと騒いだし、普段は履きたがらない長靴も喜んで履いて、水たまりを踏みながら率先して皆の前を歩いた。

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お店の扉を開けるとブワッと肉汁が溢れるような油っぽい香りと醤油の焦げるような香ばしい匂いがする。表面が少し脂っぽくなったメニューを開いて指さすのは決まって「雨の日限定」と書かれたコーンスープ。「本当にここのコーンスープ好きだね」と親に笑われながらもお行儀よくスープの到着を待つのがいつも楽しみだった。

テーブルに運ばれてきたコーンスープはふんわりと湯気を出しながら香ばしくて甘い香りを漂わせる。ここのコーンスープは生クリームが多く使われているのか、濃厚でとろりとした口当たり。下の方に沈んでいるコーンを上手に掬いながら食べると甘さの中に新しい食感が生まれ、より美味しい。美味しくて早く飲み干してしまいそうになるけれど、無くなるのが惜しくて、スプーンの半分の量しか乗せずに飲んでいると、母親に「冷めるよ」と言われてしまう。

すでにスープを飲み終えた姉から羨ましそうに見られたとしても、誰にも譲らないほど真剣にスープに向き合っていた。評論家にでもなったかのようにゆっくりとスープを堪能する私の姿は滑稽だっただろう。今思えば、これほど味わったコーンスープはなかったかもしれない。

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社会人になって実家からも離れた後はなかなかそのステーキハウスに足を運ぶことがなくなってしまった。まして、小さい頃に実の父と通っていたお店に母の再婚相手を誘って出かけるのも忍びなく、実家に帰った時も違う店ばかりに足を運んでしまう。

あのステーキ屋に続く道を遠目に見ながら思いを馳せる。あの店は今でも営業しているんだろうか。あのコーンスープの味をもう一度飲みたい。

レシピを聞いて家でも作りたいと切に願ってしまう一方で、あの時一番美味しかったものが、成長した今も一番美味しく感じるのだろうかと店を訪れることを躊躇してしまう気持ちもある。思い出のコーンスープ。雨が降った日、今日も私は家で粉末のコーンスープを飲んでいる。