ねぇ、先生聞こえますか?私は、今幸せです。自分の好きなことを見つけました。

上手く自分の気持ちを言葉にできずに、毎回メモを書いて、その気持ちをわざわざ放課後に読んでくれていた、先生へ。

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もし、過去に戻れるのだとしたら、中学生時代──中学二年生の時に戻りたい。あの時、なかなか上手く学校生活が送れずに孤独だった時、担任でもなく、学年主任でもなく、私に手を差し伸べてくれたのは、ただの教科担当だった理科の先生だった。

いつも小テストがあった。小テストが返却される時、私のプリントの裏には、先生からのメッセージが書いてあった。理科はどうにも好きになれなくて、赤点スレスレだった私は、それが「もっと勉強しなさい」のようなメッセージだと、そう思っていた。でも、そのメッセージは優しかった。残念ながらメッセージの内容を細かくは覚えていないのだけれども、その授業中、ただひたすらに涙を堪えるのに必死だったことが鮮明に記憶にある。

自暴自棄で、もうどうにでもなってしまえ……と思っていた私は、放課後に理科室に寄った。先生は、私が来るのを予想していたかのようにそこにいて、ただ私が何かを話すのを待ってくれていた。助けを求めていたのに、苦しかったのに、その気持ちを言葉に出来ない私は、結局何も言えず、その日が終わってしまった。

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せっかく時間を取ってくれたのに申し訳ない……何も話せなかった……色んな罪悪感に押し潰されそうになった時、先生が提案してくれたのは、ルーズリーフに自分の気持ちを箇条書きにすることだった。毎週木曜日、理科室で待っているから、と。

書くことでなら、私は自分の気持ちを伝えることが出来た。親のこと、部活のこと、友達のこと。今思えば、ほんの些細な悩みでも、あの時の私には、それがとても大きな悩みだった。

あの先生がいたから、私は学校を休まずに通うことが出来た。親が休ませてくれなかったけど──それでも、木曜日には先生がいると思えることが、私を支えてくれた。

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それなのに、それなのに。先生は、いなくなってしまった。緊急で全校集会が開かれた日、私は中3になっていて、5月のよく晴れた日に──先生が亡くなったことを聞かされた。

「来週も待ってるよ」って、そう言ってくれたのに……どうして……死因が何なのか、分からなかった。自殺だという噂もあれば、突然死だという噂もあった。みんなが浮き足立っているように見えて、周りの音がうるさかった。

居なくなってしまったその事実が悲しくて、信じられなくて、1人でずーっと泣いていた。突然、世界が真っ暗になったような、そんな気持ちだった。

みんなで学校の前で、先生をお見送りした時──1人泣いている私は、周りから見たら浮いていて、親も教師も呆れていた。「そんなに泣かなくても……」と言われたけれど、泣きくたくて泣いてる訳では無かった。「先生旅立てなくなっちゃうよ」と言われても、それでも涙が止まらなかった。いくら泣いても、涙が枯れることなんて無かった。

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あれから、もう10年が経った──高校を卒業して、今やっと自分の好きなことを、見つけることが出来たんだ。

先生、あの時はありがとう。あの木曜日のルーズリーフ、今でも何枚か、引き出しの奥にしまってあるんだよ。あれを読むと、泣き虫だった自分がちょっとだけ誇らしく思えるの。きっと先生は、そんなつもりじゃなかったかもしれないけれど、あの時間が、あの言葉が、私の命を救ってくれました。

もしもう一度だけ会えるなら、私はちゃんと言葉で伝えたい。

先生、私、ちゃんと生きてます。あの時、私の声にならない気持ちを聞いてくれて、本当にありがとうございました。今度は、私が誰かの声になれますようにと、そう願いながら。