あの子と語り合いたい未来のこと。共に過ごした温かでやわかな幼少期

あの子と出会ったのは3歳の雪の降る日。
あの子と別れたのは8歳の雪の残る日。
官舎で出会ったあの子は、私のはじめての友だちで親友だった。
幼稚園も一緒で、組も一緒。
年中さんの時は男の子と一緒に体育館を走り回って、年長さんになってからは
毎日教室のオルガンの下でおままごとをしていた。
帰りはそれぞれのお母さんの自転車の後ろに乗って、ほほえみながら帰った。
マイペースなあの子とゆっくりな私。
ふたりはぴったりだった。
ふたりとも早生まれだったのもあるかもしれない。
小学生になってもクラスは一緒だった。
マイペースすぎて通学時間は2倍かかった。
あの子と一緒なら、蟻も花もおもしろくて
行ったり来たりを繰り返していた。
帰り道も行ったり来たり。
勉強もおもしろかったし、あの子と一緒に新しい友だちをつくるのも楽しかった。
ずっとずっとそんな日々が続くと思っていた、
そんなある日のこと。
「わたしね、〇〇に引っ越すんだって」
小学2年生の休み時間、彼女は突然そう言った。
でも「〇〇」は隣の町だ。車で30分ほどでいける。
「そうなんだ。でも〇〇ならまたすぐ会えるね」
放課後、帰宅してすぐ母にそのことを伝えた。
「〇〇だったらわざわざ引っ越さなくてもいいのにね…。違う場所なんじゃないかな?」
母はあの子の母に聞いてくれたらしい。
「あのね、似ている名前なんだけど〇〇とは違う場所だって。言い間違えちゃったのかもね」
本当の引越し先は遠い町だった。
車で何時間もかかる場所だと母が教えてくれた。
”お引越し“
改めて考えて、はっとした。
今までもこの官舎に住む子どもたちは引っ越して行っていたのに、あの子が引っ越すなんて考えもしていなかった。
この官舎にいる限り、いつか別れが来ると知っていたはずなのに、あの子だけは引っ越さないと信じてしまっていた。
急に寂しさが襲ってきた。
物心がついてからあの子がいない生活を私は送ったことがなかった。
どうしていいかわからなくて、いつも通りの日々を過ごすことしかできなかった。
3年生になっても同じクラスがいいねって話してたのに。
いなくなってしまう前に、せめて席が隣になったらいいな。
隣の席にならないな。
次こそは。次こそは…。
席が隣にならないまま、2年生が終わってあの子が引っ越す日になった。
今日が最後。あまり実感が湧かなかった。
3歳から今まで一緒だったのに。
砂場であそんで、スクーターであそんで自転車の男の子たちに抜かされて、近所の女の子たちのおままごとに参加したりして、小学校もクラス一緒だねって喜んで、アカツメクサを舐めながら登校して、蟻を見つけて引き返して。
あんなに一緒だったのに、親の仕事の都合で会えなくなってしまう。
はやく大人になりたいと思った。
大人だったら、自分の携帯電話でメールしあったり電話しあったりできるし、遠い場所にも遊びに行けるのに。
手紙のやり取りはしたけれどいつからかあの子からの返事が遅くなってそのうち返事が来なくなった。待てども待てども、来なかった。
一度母の携帯電話であの子のお母さんの携帯へ電話して少しお話しした。
電話にでたあの子はなぜか敬語だった。
あの子は変わっている子だったもんな。
そう言い聞かせた。
距離ができたわけじゃないはずだった。
もし、もう一度あの子に会えるならまず念のため私のことを覚えているのか確認したい。ぼんやりしている子だったから、もしかしたら小学2年生までのお友達なんて忘れてしまったかもしれない。
思い出話もしたい。
それから、引っ越してから今までのあの子の人生を聞きたい。今何をしていて、どうしてそれをしているのかとか、彼氏はいるのかとか、色々聞きたい。
元気にしているか今すぐ聞きたい。
あの子と過ごした、あたたかくてやわらかな日々が時折恋しくなるから。
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