好きなものをたべることは自分を救う。それだけでなく、食べるものを作る行為も自分を救うと思う。

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そう思うようになったきっかけの料理は何気ないものだった。
数年前、メンタル不調により外出が難しい時期があった。やりたいことが思い浮かばず、やりたいことができる体調ではなかった。
学生でも、勤め人でもなかったため、時間が無限にあったことや、当時のカウンセラーから、今の期間に家事の練習をしてごらんと言われたことをきっかけに、なんとなく料理を始めてみた。

最初は、みそ汁を作った。家にいる罪悪感から、家族に夕飯を作り始めたのだった。買い物も難しかったため、買ってきてもらって家にある材料で。それに米を炊いて食卓に出した。

家族に食べてもらうときはどきどきだった。寝てばかりだった私を励ますためか、家族は「おいしい」「作ってくれて助かる」と言って、食べてくれた。
その言葉と表情が嬉しく、今度はご飯と味噌汁に加えて、鮭も焼いて出してみた。そうして少しずつ品数が増えていった。

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料理に興味がわき、料理本を探すようになった。その時、購入した本は、料理について書かれてはいるが、レシピは載っていなかった。著者は、メンタルに不調を抱える日々の中、作業療法として、料理を作り始めたようだった。

日々の様子と、作った料理の写真が添えてある、不思議な本だった。それでも、料理を通して、食材とつながり、人とつながり、自分の感覚を取り戻し、回復していく様子が興味深く、数日で読み切った。

ほかにやることがなかったこともあり、夕飯作りは数か月続いた。家族が喜んでくれることもうれしかったが、続けているとだんだんと、夜眠る前に、「明日は何を作ろうかな」「何が食べたいだろう」と自分の心と会話をするようになった。明日も何も進展がなく、同じ日々が続くことに絶望する日々だったので、明日が来ることが楽しみだなんて本当に久しぶりだった。

自分と対話をし、食べたいものを聞いて、レシピを調べ、作る。味を見て、調整をする。自分がやりたいと思ったことを、実現していくことは、失敗をしても楽しさがあった。それが、家族も喜ばせるなんて、うれしかった。

そのころから、料理以外にもやりたいことが思い浮かぶようになった。将来について考えるようになり、カウンセラーさんと職業についての話をするようになった。実際に道を選択して、働き始めた。

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あの時のわたしが、回復した第一歩は、料理を作り始めたことだと思う。
自分の気持ちと対話をし、食べたいものを作ることは、自分と断絶された交流を再開する一歩だった。当時のわたしにとっては、料理を作ることは、自分の気持ちを小さく叶えてあげることができ、家族と交流するための小さな手段だった。

今は、仕事や趣味のこともあり、当時のように時間をかけて料理をすることは減ったが、それでも自分のために、食べたいものを聞いて、簡単なものでも作り続けている。

忙しくて、気持ちがわからなくなったときこそ、自分とつながるために私は料理を作る。