さかのぼること約2か月前、大学3年の私はスマホを片手に頭を抱えていた。開かれたSNSの画面には色鮮やかなヘアカラーが施されたロングヘアが並ぶ。私はずっと赤やピンク系のヘアカラーに憧れていた。「大学生なんだから、やりたいならすぐ染めてしまえばいいじゃない」という声が聞こえてきそうだが、意外とそうともいかない。

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今や若者の間で当たり前のように使われる言葉、パーソナルカラー。「イエベのあなたはこの色!ブルべのあなたはこの色!」なんてセリフに私も翻弄されていた。確かに恩恵はたくさん受け取ってきたかもしれない。その一方で、パーソナルカラーという言葉が一般的になればなるほど「パーソナルカラーに反すること=似合わないこと=悪」のような風潮に何とも言えない息苦しさを感じていた。

だからこそ、思い切った髪色にして賭けに出ることが怖くもあった。加えて大学生の後半戦ともなると就職活動やインターンという言葉を急に耳にするようになる。今の世の中でもやはり就活生=黒髪というのは鉄板だ。このあたりから目を引く明るい色だった同級生の髪が次々と黒に変わり、「え、もうそんな時期?」と薄々なにか迫りくるものを感じていた。そんなこんなで私の脳内髪色会議はもう収集がつかなくなっていた。

嫌になって数日問題をほったらかしてみたが、何かが進展するわけではなかった。どうしても諦められなくて、半ばやけくそで予約し、美容室の扉を開けた。意を決して「赤みのある暖色に染めたいです。長さもばっさり切りたいです」と言い切った。

美容師さんとの相談の後ヘアカラーを決定して、はさみが入る。髪の一束がぱさっと落ちて、ヘアカラーの薬剤が塗布される。その一瞬一瞬が積み重なっていく度に「もう後戻りできないな、どうにでもなれ!」という気持ちに変わっていく。最初は私を支配していた不安が、段々薄れて、「どんな自分になっていくんだろう?」という好奇心が顔を出すようになった。

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美容師さんの「はい、終わりましたよ。どうですか?」の一言とともに目に飛び込んできた自分は想像をはるかに超えていた。派手過ぎず日の光が当たったときだけ、ふんわりと透けて見えるようなピンク。日陰だとボルドーのような大人っぽい暗い赤色に見えるところもお気に入り。

なんだか自分が別人になったような気がして、背筋が伸びた。美容室を出てからの足取りはここ最近で最も軽かった。わけもなく髪を手ですいてみたり、日にかざしてみたりした。仮にこの髪色がパーソナルカラーに合ってなかろうが、その時の私にはどうってことなかった。

そのまま大学に行くと、友人たちからありがたいことにたくさん褒めてもらって、それもまた嬉しく、心からやってよかったと思った。

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私にとって髪型を大きく変えたことは自分を縛っていたものへの小さな反発だった。私はかなりの心配性だし他者の目を気にする性格で、なんでもかんでもすぐ不安になる。「不安要素増やすくらいなら、そもそも挑戦しない方がいい。」という思考のもと、昔からやりたいことに蓋をして内向きになっている自分のこともあまり好きではなかった。

それに、「就活生=黒髪」という風潮にも「それが社会の当たり前」であることはわかっているが、なんだか納得できずにいた。その日の夜は安堵の気持ちがとても大きかった。自分がしたいと思った選択を否定せずに認めることができたからかもしれない。勿論先々のことや状況を考えることは大切だ。

でももう少し自分の「好き」とか理由のない「やりたい」の気持ちにちゃんと答えてあげることも大事だと思った。明確な理由があること、周りから見てちゃんとしていることだけが正しさの象徴じゃない。「私がやりたいから」だって同じくらいもしくはそれ以上にれっきとした正しさの象徴だ。

今はもう黒髪に染めなおしてしまった。これまでの髪色との落差にショックを受けたことに変わりはないが、その前に自分のやりたい気持ちに正直になったことで、自分でも意外なくらい「この髪色もまあ悪くないかな」くらいには折り合いをつけられるようになった。

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あの時は自分のやりたいことに確信が持てず、常に最悪の状況しか想像していなかった。だが、やりたいことに正直になれたときのあの達成感や喜びは全くと言っていいほど頭に浮かんでいなかった。意外と私の人生はちょっとくらいわがままに生きても悪い方向に進まないのかもしれない。案外黒髪の私もいいじゃない。

でも、やっぱりピンクに染めたときのあの高揚感を忘れることはできない。就活終わったらどんな髪色にしようか、思い切ってブリーチとかしちゃおうかな。妄想は膨らむばかりだ。これからはもっと自分の「やりたい!」の声に耳を傾けてあげようと思う。