今となっては、もうずいぶん前のことであるが、子供の頃の私にとっては大事故に遭ったような出来事であった。

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小学6年生の春、私の環境は変わった。転校をし、引っ越しもした。それと同時に、人間関係も180度回転したかのように変わっていった。

また一から、いや、ゼロから居場所を作っていくことに対して、まだ12歳だった私は、それを苦労とは思わなかった。新しい出会い、新しい場所や住処が、自分を優しく丸く包み込んでくれる気がしていた。だが、現実は甘くなくカルチャーショックを受けたし、特に子供ながら住んでるところによって人間の性質はこんなに変わるのか、と驚かされた時を今でも思い出すのだ。

当時、西野カナが好きだった私は、なんとなく新しい環境といえば、新しい出会い、友達だけでなく、新しい恋が待ってるかもしれない。そう、浮かれていたのだ。本当に情けないほど間抜けな小学生である。

初めて転校してきた学校に登校した日、黒板のまえに立ち、担任の先生の指示で、私は自己紹介をした。

そんなぎこちない私の目の前で、とある男の子が笑顔を見せていたのだ。
なんと、眩しくて爽やかなのだろう。
なんだか、私は楽しくなった。

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ようやく、この新しい地で確固たる居場所ができるのではないか。淡い期待が、全身に浸透しては浮き立っていく。
でもそんな時間は長続きしなかった。新しく仲良くなった友達に、私は気付けば裏切られていた。

「早く、好きな人に告白しちゃえば?」その友達の一言を間に受けた私は、言われた通りに手紙を書いていた。自由帳の紙を一枚はがして、遠慮がちに小さい文字で、「好きです」と書く。そうしていると、隣でじっと見張っていた友達が、大きい文字で付け足した。「付き合って欲しい」と。

私は戸惑った。まだ出会ってばかりだし、今は関係を求めるよりも、少しずつ仲を深めてからお願いすべきだと考えていたからだ。だって、逆の立場だったら、まだ正体のわからない転入生からいきなり告白され、付き合ってくれ、なんていう手紙を渡されたら、困り果てるだろう。断るにしても、どうすればいいかわからないのだから。

そして、その日の昼休み、友達に急かされ、手紙を渡した。本当は、仲良くしてくれたらそれで私は満足だったけれど、今思うと、田舎の女の子の根性といったら、他人に有無を言わさないほどの恐るべ力量であった。

その男の子に手紙を渡した瞬間から、私は、終わったと思った。人生が、生活が、学校生活が。すべて狂い始めたように思えた。嫌な予感が、小学生の私に降りかかってくる。
案の定、男の子は、私をギョッとした目で見つめてきた。

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「好きです」という文字よりも、「付き合って欲しい」という無理難題な文字に、唖然としたのだろう。それから小学校を卒業するまでの一年、私もその男の子も、互いを避けるしかなかった。

避けることで、その出来事をなかったことにしたかったのだ。
毎日、寄り道を禁じられ、学校と家の往復をただ繰り返すことしかできない小学生には、窮屈な一年だった。

まだ小学生の男の子に、私は、いや、あの友達は、一体何を強要したかったのか。あれから10年が過ぎた今でも、後味の苦い日々だったことに変わりないのだ。