スマホでは味わえない感動。恩師の綺麗で優しい字に、心が洗われた

いつものようにネットサーフィンをしていると、ある文章が目に留まった。
「24時間スマホから離れてみた体験記」。
フムフム、何だか面白そうだ。大勢の人の胸に響くような文章を書きたいと思い、スマホを24時間手放すことに。
スマホを手放してから10分。落ち着かない気持ちでいっぱいになった。
「いまどこで、何が起きているの?」知らないことへの不安に駆られた。
ああ、知りたい。知りたくて仕方がない。どうしようもなく、うずうずした気持ちになり、両手をぶるぶると振った。
「最近疲れ気味だけど、大丈夫?ちゃんと寝てる?」。
目の前にいる友人の姿が視界に入る。友人の言葉は、「嘘」ではなく「本当」だ。
しかと愛情も感じられる。スマホに夢中になっていた時は、気付かなかったことだ。
どこか、ホッとした気持ちになった。
SNSでは、「あの有名人の素顔暴露www」や「加害者Aの真実!」など、嘘か本当か分からない情報が飛び交う。大勢の人がひとりの人間を徹底的に叩く。
私は、興味本位でそれを見ていた。たいていは、嫌な気持ちになるのだが、湧き上がる好奇心を抑えることができなかった。結果、多くの時間を嫌なことに費やしてきた。なんと無駄なことをしていたのだろうという後悔の念に苛まれた。
私は高校時代、いじめに遭っていた。大勢の人から冷たい仕打ちを受ける辛さを、誰よりも分かっている。それなのに、気付けば自分が傍観者になっていた。
そのことを自覚した時、私は決意した、「スマホの情報に踊らされるのではなく、目の前にいる人を大事にして生きよう」と。
友人に手を振って別れた後、自宅に戻って高校時代の恩師に手紙を書いた。
真っ白な便せんに、想いを込めて、一字一句間違いがないように文字を書いてゆく。
スマホにはない感覚だった。住所を書いて、名古屋から遠い広島へ郵送で手紙を送った。
一週間経っても、返事が来ない。「何かあったのでは?」と心配した。すぐに届いて、相手が読んだことが分かるあの便利なSNSアプリとは大違いだ。二週間後、ようやく返事がきた。「懐かしい子から手紙が来たわ。嬉しくて、嬉しくて」恩師の達筆な字が目に留まる。綺麗で優しいその字に、心がみずみずと洗われてゆくのを感じた。スマホでは味わえない感動だ。
恩師に手紙を書いた後、近所のスーパーへ出かけた。
「いらっしゃいませ!」店員さんの明るい声が聞こえる。
キャッシュレスの時代。スマホで支払うセルフレジが何台かあったが、そこには並ばず、有人レジに並んだ。
店員さんの温かい手が、私の手に触れる。私の心も、じんわりと温かくなった。
久しぶりのその感触に、わくわくと胸を弾ませながらお店を出た。
帰り道、いつもはスマホでルートを検索して調べるが、その日は駅員さんに道を
尋ねた。「金山駅で乗り換えて、多治見行きの電車に乗って下さい」いつもとは違う行動に、戸惑いはあったが、新鮮で楽しい気分になった。
スマホを24時間手放して、分かったことがある。それは、本当にわたしが手放したかったものだ。具体的に何かというと「スマホなしでは生きていけない自分」。スマホは確かに便利だ。だが、気付けばその便利なものに頼りきりの自分がいた。これからは、スマホを使う時間をなるべく減らして、有意義なことに時間を費やしたい。スマホとの付き合い方を考える良い機会になった。
かがみよかがみは「私は変わらない、社会を変える」をコンセプトにしたエッセイ投稿メディアです。
「私」が持つ違和感を持ち寄り、社会を変えるムーブメントをつくっていくことが目標です。
恋愛やキャリアなど個人的な経験と、Metooやジェンダーなどの社会的関心が混ざり合ったエッセイやコラム、インタビューを配信しています。