親に否定された薄っぺらい人生と、お別れ。親は無理でも私は変われる

私は今まで、一般的なレールを外れて自らの選択で生きたいように自分の人生を選択してきた。後悔のない選択をして生きてきた。そう思っていた、最近までは。

だけど私の選択の裏側には常にモヤモヤした何かが引っかかっていた。このモヤモヤを紐解いていったら、幼少期の親からの教育が、今の私の生き方や性格にかなり影響しているのではないかと気付いた。

床に寝ころんで天井を眺め、目をつむって深く考えた。出てきた答えは

私の人生は少し変わっている。

ホテル学校を卒業して 22 歳の社会人一年目はスイスのホテルで一年間働いた。学年の 99%が大学進学をする進学校に通っていたにも関わらず、私がホテル学校を選んだ理由は、"勉強が嫌いで大学進学なんて一度も考えたことがなかったから"。

ずっとそう思っていた。

スイスでの一年契約が終わるとクルーズ会社に就職し、世界を 5 周した。私は小学生の頃から海外に興味があったし、色んな国に行ってみたいと思っていた。昔から好奇心旺盛で面白そうなことが大好きだったから船で働くことを選んだ。

ずっとそう思っていた。

そして船を辞めて、もっとインパクトのあることがしたくなったのでネット起業家になろうと決めた。自らマーケティングやコピーライティングの勉強をして、苦手な SNS を使って情報発信をしてみたりした。やっていくうちに SNS のフォロワーは増えていき、情報発信も慣れてはきたけれど、最初からずっとモヤモヤしていた。

本当に自分がやりたいことを探るべく、床に寝ころんで天井を眺めながら目をつむって深く深く考えてみることにした。そもそも本当に起業家になりたいの? インフルエンサーになりたいの?

正直、起業家になりたい訳ではない。個で稼ぐ力は身につけておきたいけれど。インフルエンサーには、なりたいのかもしれない。出て来た答えはこれだった。

そう言えば、私は昔からずっと目立ちたがり屋だった。あれ、思い返してみれば、私の本当の夢って歌手か芸能人になることだったかも…。

目立ちたがり屋の私。親に「無理だよ」と言われ、相手にしてもらえず

ずっと封印してきてたけど、小さい頃から歌うことが大好きで、車の中や親戚のスナックバーでもよく歌っていた。雑誌の一番後ろにあるオーディションの申し込み用紙も何度か送ったことがあったし、インターネットで大手プロダクションにオーディションの申し込みをしたこともあった。(いつも親に内緒で)

「歌手になりたい」とか「オーディションを受けたい」とか、もちろん親に言ったことはあった。でも私はいつも「ほんの一握りの人しかなれないよ。無理だよ」と言われて来た。ノリノリで歌を歌っている時に「自分で歌上手いと思ってるの?」と言われたこともあった。

もともと目立ちたがり屋の私は中学生でギャルになった。なんとかして目立ちたかったんだと思う。高校生になってからも渋谷や原宿に頻繁に行っては、何回かスカウトも受けた。だけど家に帰って、ちょっとばかりの希望を持って親に話してみてもやっぱり「スカウトなんて怪しいからやめなさい」と言われて相手にしてもらえなかった。本気で挑戦したかったのなら、なんとかして自分でお金を稼いでプロダクションに所属してみれば良かったのかもしれないけれど、あいにく当時の私にはそんな強いマインドはなかった。

今思えば、親からの否定的な言葉によって、自分への自信が持てなくなっていたのかもしれない。だけど、目立ちたがり屋の私はなんとかして目立ちたかった。

だから、いつも人とは違う行動をとって目立とうとしていたし、服装も派手で個性的で他の人とはかぶらないものが好きだった。

とにかく人と同じことが嫌だった。ホテルスクールを選んだのは、皆と同じように大学進学するのが嫌だったから?スイスへ行ったのは、他の人が歩まない人生を歩んで注目されたかったから?船で働くと決めたのは、珍しい業界で働けば目立てると思っていたから?

もしくは、否定ばかりで私が本当にやりたかったことを応援してくれなかった親に対する反抗心から、親が進んで欲しいと思ういわゆる一般的なレールではない道に常に進もうとしていたから?

今までのモヤモヤの正体が分かった気がした。もし親の応援があったら

もしかしたら私の選択の背景にはこんな理由があったのかもしれないと思ったのだ。よく考えてみれば、スイスへ行って何をしたかった訳でもなければ、船で世界をぐるぐる回って何をしたかった訳でもなかった。

ただスイスへ行ってみたい、世界を旅してみたい、というそれだけの気持ちだった。

"人とは違う道を進んでいると言う事実に心地よさを感じていただけだった"

私の人生は薄っぺらい。これは自分ではなんとなく気付いていた。だけどそれを隠すかのように、自分が歩んで来た道は正しかったんだと自分を正当化する癖がいつの間にか身に付いてしまっていた。

強がってばかりで実は自己肯定感の低い自分。成功している人と比べてしまう醜い感情を持った自分。いつも何か物足りなくて結局は何が本当にやりたいのかが分からない自分。

今までのモヤモヤの正体がようやく分かった気がした。

もしも小さい頃、私の親が少しでも私の夢を応援してくれていたら、どうなっていたんだろう?もっと自分に自信を持って、本当にやりたいことに意味を見出しながら挑戦することが出来ていたらどんな人生になっていたのだろう? そんな風に思った。

親のせいにするつもりはないが、親の育て方1つで子供の人生はかなり左右されるんだろうと思うのだ。肯定されて生きてきた人は、否定されて生きてきた人よりももちろん自分に自信があり、自分にとって正しいと思う人生を自分自身で選択できるマインドも育っていくのだと思う。

こんなアラサーになってから、自分に自信を持つことや目標を持って挑戦することの大事さに気付いた私と、幼少期から既にそのマインドが確立されている人とでは、当然生き方が大きく変わってくる。私も幼少期からそんな教育を受けたかったなぁと今になって切実に思うのだ。

私の親はもう変えることが出来ないし、過去に戻ることも出来ないけれど、私自身はまだまだ変わることが出来る。きちんと自分と向き合って、今後の未来はより良い選択が出来るように頑張ろうと思う。

この記事をシェア

あなたもエッセイを投稿しませんか

恋愛、就活、見た目、コミュニケーション、家族……。
コンプレックスをテーマにしたエッセイを自由に書いてください。

詳細を見る

contact us

かがみよかがみのソーシャルメディアのアカウントです。ぜひフォローして、最新情報をチェックしてください。

あなたもエッセイを投稿しませんか

恋愛、就活、見た目、コミュニケーション、家族……。
コンプレックスをテーマにしたエッセイを自由に書いてください。

詳細を見る

かがみよかがみは「私は変わらない、社会を変える」をコンセプトにしたエッセイ投稿メディアです。
「私」が持つ違和感を持ち寄り、社会を変えるムーブメントをつくっていくことが目標です。
恋愛やキャリアなど個人的な経験と、Metooやジェンダーなどの社会的関心が混ざり合ったエッセイやコラム、インタビューを配信しています。

メンバー 検索 Facebook Instagram LINE Mail Mail Magazine Twitter Web Site YouTube