「○○なのに」それは、わたしにとって呪いであり、光だった。

小学校の中学年になり、少しずつ“周りから見える自分の姿”が気になるようになった。それは心と身体の成長に伴うものだったのか、はたまた“クラス”という小さく、だけど逃れようのない世界でサバイブするためだったか。

校内放送で、流れた自分の声を初めて聴き「ぶりっ子な声」に驚いた

ある日、人生で初めて自分のことを「きもちわるい」と思った。事前収録された自分の声が、校内放送で流れたとき、衝撃が走ったのだ。「え、なにこのぶりっ子」。

わたしは今も、この日の衝撃を忘れない。周りに「わたし、いつもこんな声と喋り方?」と震えながら聞くと、「いつもこれだよ」と、友達は当然のように頷いていた。その顔をいつまでも覚えている。

当時わたしは背が小さく、身体もほっそりしていて、顔面のことは置いておくが「かわいい」と言われることがときどきあった。だが、同時に耳にしていたのは「ぶりっ子」というワードだ。そのなんと恐ろしいことか。

校内放送で、生まれて初めて“ぶりっ子なわたし”に出会った日の夜、真っ暗な部屋で布団に入り、天井を見つめながら心に決めた。ここで生きていくために声を変える。喋り方も。仕草だって、全部変える。全部だ。

わたしは「○○なのに」という言葉にすがり、自分の居場所を求めた

その日からのわたしは、必死だった。家でも習い事でも学校でも、声を低くすることに全神経を集中させた。喋り方も決してかわいくならないように。そして声だけでなく、性格も。できるだけ、数センチでもいいから、“ぶりっ子”から遠い場所へ。

そんなある日、クラスメイトから「かわいいのにサバサバしてるね」と言われた。「きた」と思った。今なら逆に、“サバサバ系女子”と揶揄されるのかもしれない。でも、当時のわたしには、その言葉が光に思えたのだ。“ぶりっ子”という沼に沈みかけた自分に射した、たった一筋の光に。

そこからわたしは、「○○なのに」という言葉にすがるように過ごした。「委員長なのに適当」「頭がいいのに気取らない」「細いのにいっぱい食べる」そんな存在が好かれるのだ。

案の定、クラスでの評価はどんどん好転していっているように思えた。ギャップか、ギャップなのか。「○○なのに」これに当てはまる言動をしていれば、居場所があるんだ。

それは、いつしか呪いになった。声を低くして、仕草を変えて、そして周りに好かれたわたしは一体誰だろう。“自分探し”なんて興味はないけれど、「○○なのに」を意識せずに生きている“本当のわたし”は、どんな姿をしていただろう。そんな無意味なことを、ときどき考える。

もう大人なのに、ふとした瞬間に「○○なのに」にこだわるときがある

“ぶりっ子”から遠い場所へと走ったあの日から月日は流れて、中学、高校、大学を経て社会に出た。

出会いに恵まれた人生で、それなりにたのしく過ごしてきた。大切な家族も親友も、恋人もいる。「○○なのに」にこだわる必要のない、そんな日々を送っているつもりだ。

だけど今も、ふとした瞬間に思う。「今のわたしの声と喋り方、大丈夫だったかな」。あれ、なんでこんなこと思うんだろう。もう、大人なのに。