最近とってもハマっているバンドがある。
そもそもそんなに私はバンド好きというわけではなかったが、このグループだけは違う。
といっても知る人ぞ知るグループでもなければ、今の一世を風靡しているグループというわけではない。
昔、日本で天下をとっていた、夏ぴったりの元気の良いグループだ。

小学校の頃、このグループの曲はよく給食の時間に流れていた。曲が流れるだけで、教室中が大合唱になった。それが当時は当たり前だったが、その後のことを考えると、そんな神がかり的なバンドはその後生まれなかったと記憶している。
この人たちが好きっていうと、この曲も知らないのにファンを名乗るななんていう過激派も学校で生まれた。みんなが歌って盛り上がっているのをみているうちに、私も大好きになったが、私はファンを名乗ることはなかった。

このバンドの曲を聴くと、どうしても思い出してしまうことがある。小学校時代のいじめだ。私をいじめていた男子が大好きだったからだ。

いじめの経験は忘れられず、卒業後もいじめっ子の夢を何度も見る

明確にいじめが始まったのは小学校6年の3学期。残り後少しで卒業の期間だった。
始まったきっかけは些細なことだったが、もしかしたらずっと私のことを嫌いだったのかもしれない。
いじめられていた理由は明確で、私に直せる様なものではなかったから特に何も対処はしなかった。
といっても、ものを隠されたり、暴力を振るわれたり、とかそういったことはなく、ただ避けられ悪口や陰口を言われる程度のものだった。そのため親や先生にも相談せず、学校へは通い続けた。
その男の子は男子勢のボスだったため、無視は男子全員からされた。それでもそんな男子たちを私も無視し、休むことなく毎日通い続けることを不思議に思っていたかもしれないな、と今では思う。

中学は私立に通ったため、卒業を機に会うことはなくなった。しかしどうしても当時のいじめの経験は忘れられず、夢で何度も見た。なぜか、いじめられているところが夢に出てくることはなかった。夢の中で私とそのいじめっ子はとても仲が良かった。
大学に進学してからも、小学校のいじめのフラッシュバックは続いた。中高は女子校だったから良かったが、今度は共学なうえに男子が多い学部。はじめは男子とどう接すればいいかわからなかったし、仲良くするのは怖かった。

成人式でボス男子に話しかけ写真を撮ったら、母がお礼を言われた

そんな時、成人式を迎えた。
私は当時とは性格が大きく変わり、社交的になっていた。そして、少しばかり綺麗になっていたとも思う。
成人式に当時いじめていたボス男子がいた。何を思ったか私は笑顔で話しかけた。そして写真を撮ろうとお願いした。
ボス男子は、少しだけ驚いた顔をした。しかし、あれだけ小学校時代避けていたというのに、快く写真をOKしてくれた。私たちは少しだけ会話もした。
その後、母がバイト中のそのボス男子に会ったらしい。
「成人式の時は一緒に写真を撮らせていただきました。ありがとうございます」
と言われたと母から聞いた。

その言葉の真意はわからない。けど、私はその言葉で長年の胸の支えが取れた。
夢にもでてこなくなったし、悩むことも、男性不信もすっとなくなった。当時の経験を受け入れられるようになったのだ。

あのバンドの曲を聴くと、一番素敵な青春時代の記憶が浮かび涙が出る

冒頭のバンドに戻る。私は今そのバンドの曲を聴いている。
小学校時代に戻れる気がするのだ。良い思い出も、悪い思い出も、すべて美化され、私の1番素敵な青春時代の記憶として脳内に浮かんでくる。
そしてあのいじめも同時に思い出す。当時ボス男子は、クラスで1番ノリノリでその曲を熱唱していた。そんな記憶も思い出したくないことではなく、懐かしく美しく少しだけ甘酸っぱい記憶として出てくるのだ。

なぜなのかはわからない。
あのいじめの経験で、私はもしかしたらそのボス男子と仲がこじれたことにショックを覚えていたのかもしれない。そしてボス男子の方も、もしかしたら当時のことを長年気にしていたのかもしれない。
とすると、たとえ私をいじめていた人であっても、許し、仲良くできるのは、私の自慢できる良いところなのではないだろうか。
相手の気持ちさえも変えてしまうのは、私の特技なのではないだろうか。

もう会うことはないだろうが、そんな不思議な経験を、一生忘れることはないだろう。私のなによりの青春なのだから。そしてなぜか自信が湧いてくるのだから。

今なら理解できる下ネタ曲を聴きながら、私はふと涙を流している。