どうしようもない日の帰りに、夜道をふらつき写真を撮った。ことばを書いた。そうしてぎりぎりのふちで生きられている日々だった。感情に任せて撮った写真と、土砂崩れのように吐き出される大量のことばを、SNSに投稿した。知り合いの誰にも決して教えないそのページには、体裁も見られ方も気にしない、自分の芯からの声が集まっていった。気付けば次第にそのアカウントが、本当の自分の輪郭を確かめるための彫刻のようになっていった。

写真を撮る。ことばを書く。その2つは一見何の関係もないもの同士で、ただその瞬間の私の呼吸の手触りをつなぎとめる為だけに無理やり組み合わされた他者同士だ。それは人間関係とも似ていて、同じ場所に放りだされた異なり同士のなかにおもわぬ共鳴を見つけることがある。それが楽しくて、私はすぐ犀を振ってしまう。逆に、そこに”他者の気遣い”という自らにとっての”ざらつき”があらわれたとき、相手以上のざらつきを返してしまう私は、次第に息ができなくなり早々にその場を立ち去る。履歴書の欄に書ききれない職歴と、行き場もなく刺すように光る思いがまた溜まる。辞め癖と言ってしまえばそれまでだが、私はそこで出会ったいくつもの出会いを愛しているから、後悔も反省もしていない。側からみたら救いようがない。

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小さい頃から人の顔色を伺って出るような可愛げの無い子供だった為、人に気を遣う、遣われることには人一番敏感だった。人を相手にすると体ベースで反射的に気を遣ってしまう為、それを悟られないような振る舞いを何度も試しては気付かれて挫折する負のループに一時はまっていた。ズレた気遣いが体に染み付いてしまっているのは大概劣等感と、そこから来る罪悪感故だった為、誰かを必要とする、必要とされる、誰かを愛する、愛されるを身をもって知っていったこの数年で、少しずつ自然な呼吸ができるようになっていった。

元々理想論にどっぷり浸かっていた頭でっかちだった私は、仕事と宿命を履き違えて、間違った全てのエネルギーを注いだ。良く言えば熱い人、冷静に見れば面倒な奴だったのはよくわかる。その熱さの制御の術を心得ぬまま周りを巻き込んだので、大先生にはお前は台風かと言われた。でもそのお陰で、大好きな人たちと、幾つも未来の約束をした。また再び会って思い切りやり合う日の為に私は少しずつ自分を知って、またもがく日々に帰った。

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いまの時代に夢追い人ってどうなんでしょう。でもやめられなくて、また写真をとり、ことばを書く、たまに絵も描く。それが密かに自分を形作っていく。27歳。フリーター。端的にひとを表すことばとは何でしょう。辞め癖気遣い癖の私のいちばんの癖はつくることだ。それは、自分とは異なる人と共に思い切り生きられる瞬間の為に生きて、そこへ向かう為に必然的に注がれた、不器用で、自分にとって最も切実なことばだった。異なる他者と生きられるあわいをさぐる、その答えはひとつではないから、また沢山のひとと出会ってはかかわるのでしょう。気を遣いすぎる癖は、沢山の人とのかかわりを経て、次第に互いが思い切り生きられるあわいを探る志向へと変化し、つくることに向き合うときの灯台となるような自分なりのテーマになっていった。
誰にも言えなかった投稿の数々はどれも、ほかのどんな時の誰も作り得ない強度と切実な生を持っている。

パートナーができてから投稿の湿度も大きく変わったが、いまでも誰にも言えないことが溢れそうになるたび、風景に出会うたび、私は絵とことばを繋ぎ合わせて、匿名のまま片隅に放つ。誰にも語られることなく、それは確かに生き続ける。私はそれを希望と思う。