この国の平均寿命から今後順当に生きていくことができるとして、私は生きてきた時間よりもこれから生きていく時間の方がはるかに長い。正直、まだまだ短い人生経験の中で、自分の視界をげたものを探すのは困難なような気がしていた。

「視界をげたもの」というとても主観的で曖昧なことを、そうだと断定できるくらい、自分と向き合うことはとても難しい。

そんな私が唯一自信を持って、よかったと思えるものの話をしようと思う。それは、中高時代を共にした友人との出会いである。

彼女との出会いは単純で、中学に入学した際にたまたま同じクラスだったことがきっかけとなって仲良くなった。同じ部活に入り、中高一貫の学校で六年間、様々なことを共にしてきた。私の多感な中学生、高校生という時間のほぼ全てに彼女がいたといっても過言ではない。時に家族よりも長い時間一緒にいることで、私は少なからず彼女から影響を受けていると今でも実感することがある。

そうはいっても何か劇的な出来事が起こったとか、そういう珍しいことは何もなく、周りから見ればごく普通、もしくはそこまで深い関係に見えないかもしれないような友好関係であったと思う。

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しかし私たちには特別な習慣があった。それは、毎年お互いの誕生日に手紙を送り合うことである。どちらからともなく始まったこの習慣は中学一年生、十四歳の誕生日から今もずっと続いている。

この手紙は、その年、一年分を通して相手と、相手を通して自分を見つめなおす時間そのものだった。特に大学受験期の高校三年生の時の手紙はそれまでと比にならない程、私にとって大きなものとなった。受験生ということもあり、自分の人生についても考えることの多かった時期にもらった手紙は、今まで以上に心に残るものだったからだ。

これらの手紙は私と彼女の歴史であると共に、私自身の記録なのである。

手紙には基本的に感謝と自分が相手をどう思っているのかが綴られている。相手に対するリスペクトを伝える時には、同時に自分に足りないもの、劣等感や嫉妬心とも向き合う必要がある。私彼女に手紙を書く時にいつもそのことを考えていた。彼女のことを見るために、自分のことも見つめなおす必要がある。

また彼女の言葉は、私には決して見えなかった、他者から見た私の姿を見せてくれるのである。それは限りなく私を勇気づけてくれるものであり、頑張る力をくれるものだ。

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一番初めにもらった手紙と六年後の手紙で変化していることもある。高校最後の手紙には、「前はあなたと私が似ていることが嬉しい、と書いた。でも今は、違うことに心底嬉しいと思ってる」と書いてある。

私たちは違う人間だ。それはむしろこれまで長い時間一緒にいたからこそ違うということが分かったと思う。でも違うからこそ、見えたものがある。そしてそれはお互いを支え合っている。そのことが何より私に自信をくれるし、何があっても怖くないと思える力になるのだ。

私にとって彼女の紡ぐ言葉はいつまでも私に新しい世界を見せてくれる力の源であり、宝物なのである。私の視界を広げてくれたものは、何か目覚ましい転機が訪れてもたらされたものではないが、時間をかけてゆっくりと生まれた言葉たちは、時を超えても変わらぬ姿で今の自分を支え続けてくれている。