私はその恐ろしいニュースをSNSで見かけた。
見出しだけで明らかにネガティブな投稿だと判断できた。自分には関係のないことだ、わざわざ関わって自分の情緒を乱すべきではない気もした。それでも「知るべきだ」と思った私は、恐る恐るそのリンクをクリックした。
陸上自衛隊で起こった性暴力事件。被害者の女性に対するセクハラは日常的に横行しており、彼女はその事件の後自衛隊を退職。警察や関係機関に被害届を提出したが、適切な調査が行われず期待した回答が得られなかった為、SNSで実名と顔を公開し世論に訴えかけた。
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軽い気持ちで。盛り上がると思って。それらの出来事は、そんな浅はかな理由で行われた。そしてその場にいた全員で、更には組織全体で、口裏を合わせてその事実を隠蔽した。
複数人の加害者達は、生まれつきの体の構造に加え、特殊な訓練を受けている、圧倒的に力の強い相手だ。彼女がいくら同じように訓練を受け、尚且つ柔道経験者だからといって敵うはずがない。更には権力をも振りかざされたら、抵抗のしようがない。そんなこと、まったく関係のない私ですら、想像に容易い。きっとその無力さも、彼女の精神に大きく深く影響を与えただろう。
困っている人を助けたいという希望を持って入隊したはずの彼女の夢は、こんなくだらない男達の「悪ふざけ」のせいで打ち砕かれたのだ。
普段そこまで何かに対して怒ることのない私だが、今回ばかりは腹が立って仕方がなかった。
その日私は怒りながら電車に乗り、怒りながら仕事をし、怒りながら飯を食った。腸が煮えくり返り、頭に血が上り、涙が出てくるほどだった。
居ても立っても居られなかったが、自分にどうしていいかなんてわかるわけもなく、とりあえず彼女のSNSをフォローし、次の動きを待った。
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どうやら怒りに身を震わせたのは私だけではなかったようで、彼女の告発は多くの人の目に留まり、著名人までもがその事件のことを各々のSNSにアップした。
それからしばらくして、彼女はオンラインで署名活動を始めた。私は躊躇なく、その活動に参加した。
専用フォームに名前を入力して送信する。たったそれだけ。それが私の人生で初めての抗議活動だった。
抗議活動と聞くと、デモやボイコットのような少々過激なイメージがあったが、自宅のベッドに寝転がりながら所要時間2分でできるその行動で、私は国をも動かす抗議活動に参加したのだ。
私をはじめとする数多くの人々の署名が然るべき機関に届くまで、届けられたとの報告がなんらかの媒体にアップされるまで、随分と長い時間がかかったように思えた。そしてそこから更に長い時間が経ち、様々な困難を乗り越えた先に、彼女は勝利を手にした。人を人とも思わぬ汚い人間とこの世の中に奪われた、人間の尊厳を取り戻したのだ。
いつしかインターネットを飛び出し、様々なメディアにも取り上げられるようになったこの事件の結末を、夕方のテレビのニュースで知った時、心底嬉しかったし、私の小さな一票が大きな役割を果たせたことを実感した。
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私は何かの事件の被害者になった経験はない。これまで安全に守られた環境で安全に生きてきた。それでも、決して他人事だとは思えない、卑劣な犯罪がこの世界には呆れるほど多く存在する。
それを知った時、部外者である自分に何ができるか。
もちろんデモを起こすことも一つの方法だが、本音を言うと、無関係な人間にはリスクが大きすぎる。
それなら、声を上げた人、行動を起こした人に賛同する、応援することから初めてみるのもいいのではないか。
一見何の意味も持たない地味なアクションに思えるが、これは誰にでもできる、そしてとても重要な意味を持つ一つの意思表示なのだと知った。
世の中には許してはいけないことがある。
目の前に大きな壁が立ちはだかった時、回れ右で引き返すのか、壁を小さな金槌で叩いてみるのか、私達は選択を迫られる。諦めるのは簡単だが、大勢の人々の一打が集まった時、壁の崩壊は夢物語ではないということを、忘れてはならない。
待っていても世界は変わらない。声を上げること。声を上げやすい環境を作ること。まずは手軽にできる範囲で自らの意思表示をすることで、何かが動き出すかもしれない。
私達には世界を変える力がある。その事実から、私はもう目を背けない。