昼休み、カバンからお弁当をとり出す。蓋を開けると海苔に巻かれたおむすびが2つと卵焼き、ウインナー、ブロッコリーの和え物が入っている。食べ始めていたら事務員さんが近寄ってきて「お弁当美味しそうですね。自分でつくるんですか」と聞いてきた。すぐに言葉が出ず、小さな声で「夫が」とだけ答えた。「いいご主人ですね。羨ましい」。事務員さんは本心で言っているのだろうが、お尻のあたりがモゾモゾして「夫が作った」と言うのが恥ずかしかった。私は居心地の悪さを感じていた。

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最近ニュースでは夫婦で家事の分担をして、男性も育児休暇取得ができるとよく耳にする。私が育児をしていた30年前とは考え方も法律も違う。女性は家事をするもの。会社勤めをしていても主婦業をするのは当たり前。夫は単身赴任で家にはほとんどいなかった。どうして私ばかりがこんなに忙しい思いをしなければならないのか。不満を感じながらも、主婦の仕事は夫にはできないことをしている優越感があった。羨ましいと言われたお弁当を素直に「夫が作った」といえないのも、今の私には後ろめたさがあったからなのかもしれない。家事をするようになった夫に私は負けたと感じたのだ。

夫が退職後に料理を作ると言う。驚いた。最近は食事だけでなくパンやお菓子も作る。そして子育てに興味があると言って、独学で保育士の資格を取ったり学童保育に勤めたりしている。現在は息子夫婦の出産のための手伝いに行って、食事や洗濯など全ての家事を行い、小学校1年生の上の子の世話をしている。

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まだ私が子育てをしていた頃、仕事をしていたこともあり毎日がとても慌ただしかった。休みの日は3度の食事に加えて買い物、日頃できない掃除をする。単身赴任でたまの休日に帰ってきても、忙しくしている私に夫は「手伝うよ」とは言わない。

どうしてこんな思いをしているのに気がつかないのか。その鈍感さにイライラしたこともあった。夫は単身赴任先で時々料理を作ると言っていた。今も調理をするところを見ていると手際がいい。

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あの時の私は手伝ってほしいと夫になぜ言えなかったのだろうと考える。何もしない夫とレッテルを貼り蔑むことで主婦である自分の価値を上げる。一人で頑張っている私は不幸だと主婦仲間と夫の愚痴を言う連帯感は心地よい。本当は台所に入ってほしくもないし、子育てにも関わってほしくない。「手伝ってと言えなかった」のではなく「言わなかった」のだ。それが本音だったのかもしれない。

「男子厨房に入らず」と言う諺があるが、男性は炊事などしないで自分の仕事に精を出せという意味だが、女性には私のお城である台所に入ってくるなと言っているように聞こえてしまう。少し前の市報に「男女共同参画社会基本法」についての記事があった。男女の区別なく相手を尊重し共同で協力して社会を作る。「男だから」「女だから」と差別しているのは自分自身なのかもしれないと、我が家の台所で考える。