30歳を目前にした昨今、初めて、自分の母親の愛のとてつもない大きさに気づいている。だからこそ、わたし、この人がこの世からいなくなってしまう日がきたら、一体どうなってしまうのだろうな、とすら思っている。
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小学校に上がった年から、大学を卒業するまで、両親と、父方の祖父母とわたしと、5人で一軒家に暮らしていた。わたしと、父親と、父方の祖母はメンタルのつくりが大層似ていて、世の中は自分中心で回っていると素で思っているような、自分が嫌なことは全く我慢せずに「やりたくない」と即答するような、それはまあおめでたく頑固な、そして強固なメンタリティの持ち主だった。
対して母親は、あらゆる人に気を遣った挙句自分が本当に何をしたかったのか忘れてしまうような、たとえ自分がやりたいことを実現できたとしても、その横で浮かない顔をしている人がいればいたたまれなくたってしまうような、とにかく「他」を優先していつも考え、行動する人だった。
だからこそ母親は、我々にものすごく振り回されたことだろうと思う。特に姑にあたる祖母に対してはどれだけ気を遣って過ごしていたのかが計り知れず、自分のメンタリティが祖母寄りだった故にまったく母親に味方してこなかった過去を、今思えば本当に申し訳ないことだと感じる。
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そんな、「自分軸人間」が3人もいる中でサバイブしてきた母親は、とにかく、とにかく、愛が深い。わたしの正しくない行いにはもちろんNOと言うし、性格が全然違うものだから、分かり合えないことなんてしょっちゅうだけど、そんな諸々を差し置いても、気づけばわたしは母親から「愛されていない」と感じたことがない。これって結構すごいことなんじゃないか。
ポイントは、常に「愛されている」と感じる、というよりも、長い長い親子の関係の中で、一瞬たりとも「愛されていない」と感じたことがない、ということの方が真実味が強いんじゃないか、ということである。
母親を見ていると、愛とはつまり、味方でいること、サポーターでいることなのかなあ、と思う。彼女はわたしが病める時も健やかなる時も、いつどこで何をしていても、とりあえず頑張っているねえとねぎらってくれて、いつでもささやかにエールを送り、節目節目にはメッセージを送ってくれ、いつでもまあ幸せそうならなんだっていいよとうなずいてくれる。生き方がどんどん自由に選べるようになった現代、自分でも予想のつかない方向に人生が転がるのをケラケラと笑って乗りこなせているのは、母がわたしの近況報告をちょっとびっくりしながらも必ず受け入れてくれているからだと思う。
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自分の幸せを形づくるのは得意だけど、人の気持ちを思いやるのがちょっぴり苦手なわたしの人生の目標は、母のようにずっと誰かの味方でいられる人になることだ。味方でいるというのは決して盲目的にその人を信じることではなく、時に導き、道を正しながらもその人の選択を受け入れる度量を持つことだと思う。
母には到底直接口に出して伝えられそうにないが、そんな、生涯の目標にしたいような人が、こんなにも身近にいることを何よりも嬉しく思う。かなりの確率で母親はわたしより先にこの世からいなくなってしまうけれど、その頃にはわたしが誰かに大きな愛を向けられるようになっていたらいいなあ、と思うのだ。