放課後にこっそりプレゼント交換したクリスマスや、大切な家族恋人と過ごしたクリスマス。クリスマスの思い出はたくさんあるし、いつだって楽しかった気がする。
その中でも、私の印象に残っているクリスマスは、ピザのデリバリーをとって家族と過ごしたあのクリスマスだと思う。
◎ ◎
その日は学校から帰った後、特にクリスマスパーティーの予定があった訳ではなく、おばあちゃんがクリスマスパーティーをやろうと言い出したことがきっかけだったと思う。突然、始まったクリスマスパーティーに、いろんな場所へ電話で予約をして何とか準備をしたことを覚えている。
予定していたものではなかったから、ささやかなパーティーで、大きなプレゼントはなかったけど、いつもとは違う洋食のテーブルに心が躍った。おじいちゃんが子供のころの話をしてくれたり、おばあちゃんが珍しそうに料理を食べていたり、お仕事から帰った両親も参加して、楽しい時間だった。
でも、問題はその後だった。当時、スイミングスクールに通っていた私は、その日もスクールがあった。クリスマスだし、少し食べ過ぎてしまったけど、もちろん参加するつもりでいたし、実際に参加した。その日だって特に遅刻したとか、スクールでいつもより出来が悪かったとか、そういう事があった訳ではないし、クリスマスという事で参加していない友達もいた。
私は、普通に参加していただけなのに、その日のスクールが終わった後、参加者全員が集められて、クリスマスだからと浮かれるなと怒られたのだ。大きな大会で結果を出すために毎日練習するような選手でもないし、さぼった訳でも手を抜いたわけでもない。参加していない友達もいる中で、怒られることに理不尽だと感じたし、せっかくのイベント事なのに、水を差されたようだった。
◎ ◎
社会人になった今、たまにあの怒られたクリスマスを思い出す。今でも理不尽だと思うし、クリスマスにお仕事だし虫の居所が悪かったのかもとポジティブにコーチの気持ちを考える事もできるようになった。でも、一方でどんな時でのベストのコンディションを保つのが正しいのかもしれないとも思ようになった。
お仕事を始めて、お金をもらうようになると言い訳がしにくくなる。体調が悪くてお休みする事があってもスケジュールを遅らせる事は出来ない事もあるし、多少無理してお仕事をしなくてはいけない時もある。そもそも、体調不良の基準だって曖昧だ。そんな中、少なくても自分の意志でコントロールできる部分で、コントロールできないのは、責任を放棄していると取られても仕方ないのかもしれないと。
◎ ◎
あのクリスマスに今の私が戻ったら、クリスマスパーティーには参加せずに、スクールに参加するだろうか。実際に戻る事は出来ないから、いくらでも正しい答えが出せる。でも、本音を言うなら、やっぱりパーティーに参加したい。プロとして全力で対応する姿にも憧れるけど、その瞬間に一番に大事にしたい。そして、そんな風に自己責任として出来ていないと判断されるのではなくて、いろんな考えや、優先順位が変化することが許されるような社会であって欲しいと思う。