「あの人に謝りたいこと」という題名を見て、真っ先に浮かんだ少年がいる。私の人生に他に置いて、最も謝りたい人は彼以外にならない。

罪悪感はあったけど、今まで出来なかった言い返しをした事に満足した

彼は眼鏡のかけた、目を細くして笑う少年だった。小学生の中学年頃、同じクラスであった彼は、いつも私にちょっかいを出しては、反応を楽しんでいた。今思えば、小学生の男の子らしいありふれた姿だった。

しかし、その当時の私はコンプレックスを多く抱えて、なんでちょっかいを出してくるのか、いじめられているのではないかとさえ思った。彼はよく私に関することを「変だ!変だ!」と言って付け回してきた。嫌だと思いながらも、おっとりしていた私はただただ言われるばかりで、逃げ回っていた。

ある時、廊下でいつものようにちょっかいを出され、心底うんざりしていた頃だった。私は、一生後悔することを彼に言ってしまう。「きみの帽子、変なの!」と。

彼は帽子をかぶっていた。ニット帽のようなものだった。「嫌だ」「やめて」とも言えず、中途半端に私も同じように言い返そうと、目についたもので思わず口から出てしまった。

その瞬間、悪いことを言ってしまったという罪悪感ともえも言われぬ感情とともに、今まで出来なかった言い返しをした事に満足した気持ちが湧き出てきた。

すると彼の顔が少し曇り「これはお父さんが買ってくれたんだぞ!ひどい!」と言い返してきた。「そうか、お父さんが買ってくれたものだったのか」と彼の言葉は、私の胸に深く突き刺さった。私は逃げるようにしてその場を立ち去った。

その後、私は家族の都合で引越しをし、他の小学校へ転校していった。それきり、彼とも連絡を取ることがなかった。それと共に少しずつ記憶から薄れていってしまった。

中学生になってわかった。彼があの時被っていた「帽子の理由」

中学生になって、ある日のことだった。母が泣きながら私の元へ来た。彼が亡くなったとのことだった。あまりにも衝撃が大きく、時が止まってしまったように感じた。しかし、追い討ちをかけるように、事実は私にのしかかってきた。

彼は癌を患っていた。彼があの時被っていた帽子は抗がん剤の影響で、脱毛した頭を覆う為のものだったのだ。

今思えば帽子や彼の様子で、きっと分かったに違いなかった。しかし、当時の私はとても未熟で、その思いもしない彼の真実を聞き、言葉にならなかった。

代わりに涙が止まらなかった。彼との間であの日交わした言葉が、私の頭の中に再び呼び戻されていった。私が言ったあの言葉によって、彼へ与えた悲しみを思うと、計り知れなかった。

お父さんに買ってもらった彼の自慢の帽子をからかって「ごめん」

お葬式へ参列しても顔を上げられず、まともに彼の顔も見ることが出来なかった。

なんであんなことを言ってしまったのだろうか。彼はあれからどう思って過ごしただろうか。私が彼と離れて、普通で当たり前に過ごした時間を後悔してやるせなかった。

その後、彼について色々な話を聞いた。彼は帽子をとても気に入っていたという。「お父さんに買ってもらったのだ」と自慢をしていたそうだ。

私が人生で戻りたい日は、あの日以外に他ならない。あの日に戻って、すぐに彼の元へ駆け寄って、謝りたい。「さっきはごめん。その帽子かっこいいね!」と。